008 - 黄昏の空を切り裂いて
「なぁ、後悔しているか?」
「後悔してませんよ先輩。何をしても、結果は変わりませんでしたから」
彼女はいつもの声で返事を返す。少なくとも今は薬物に頼ってはいないらしい。年下の友人が死んでから、頼っていない時間の方が短かったはずなのに。
「誰が何をしても、この結末は変わらなかったと思うか?」
「はい、誰も悪くなくて。ただ敵が来たのが不運だっただけです」
突如として現れ、人類の絶滅を決定づけた存在。彼らを表現する言葉は無数に存在する。しかしその敵に対し人はあらゆる英知を結集し、巨大ロボットなどという荒唐無稽な存在まで用意しながら敗北したのだ。
そして今、人類最後の戦力が粛々と組み上げられていく。本来数十人で制御する、全長200mの飛空戦艦。それを
そもそも既に、同型の飛空戦艦を数十隻投入した反抗作戦が失敗した後。これは数千、数万の敵に吶喊し、可能な限り殲滅を行い、撃破される為の、人類の意地を見せる神風でしかない。
◇
夕焼けの中、翼を持たぬ巨影が突き進む。巨体に無数の対空砲座を据え付け、通常の倍近い主砲を詰め込み、装甲の代わりにミサイルサイロで覆われ、四本の
この空に敵は無しとばかりに突き進むが、次の瞬間異次元から無数の影が現れる。亡霊、邪竜、巨人の騎士。小さくて数m、巨大なものなら数百m超える怪物の群。
「先輩、レーダに反応。百、二百… 千を超えました!」
「数に構うなっ! 薄いルートを選定。突き進む!」
彼女の叫びに怒鳴り声で返しつつトリガーを引く。放たれる数十発のミサイル。だが千を超え、万に届く敵に対して文字通り焼け石に水。全て命中したにも関わらず、辛うじてレーダー上の光点を減らしただけの結果で終った。
いや、発射の直前彼女が示した薄いルートを狙って放った結果。突き進むべき道筋が敵陣に刻まれて――
「小型種の接近多数確認!」
「自動迎撃に任せろっ!」
ただいつ果てるとも分からない地獄への片道に俺達は飛び込んだ。ミサイルが、主砲の残弾が、エネルギーの残量が秒単位で数を減らし。たった10分で街一つを焼け野原に出来る火力が底を突く。
「熱核空間圧縮砲の射程範囲内にどれだけ収められた!?」
「理論上最高数値。効果範囲内が全て敵で埋まっています!」
その言葉で俺は核兵器の爆縮を利用して、空間を爆砕する最終兵器の封印を解除する。人類の生存域を守る為、最後まで封印されていた禁断の一手。
だがもう守るべき人はどこにも存在しない。この場所が東京と呼ばれた街であっても、発射ボタンを押し込む指を躊躇う理由など一かけらすら残されていない。
「カウント、3―― 2―― 1――っ!」
「バレルオープン、フルバースト!」
次の瞬間、視界が白で染め上げられる。
光と重力が歪み、時間が逆走し、千を超え、万に迫る敵が切り刻まれ。それと同時にかつて百万の人々が暮らしていた街に、核の灰が降り注ぎ、癒えることのない空間への断絶が刻まれる。
この先永遠にここで人が生きることはない。その事実が俺の心に残っていた最後の良心をへし折った。
「残敵確認を、頼む……」
「は、はい。レーダに反応は、ありません! そ、そんな、今の一撃で、全滅!?」
彼女の言葉に耳を疑った。レーダー上に敵が存在しないという事実。最終兵器である熱核空間圧縮砲であっても、これまでの経験から敵を全滅させることは不可能。
片道切符だった筈の道筋に、急に帰り道を示されて何もおもうことが出来ない。だがそんな意識の空白は、敵の再出現を知らせるアラームによって砕かれた。
「じ、次元転移反応! か、数は1! けれど先輩、これは――」
ノイズの走る画面の向こう側に。全てが粉々になった東京の上空に。ただ一体の龍が舞い降りた。数百を遥かに千mに迫る巨体、赤い瞳が俺達を見下ろしている。
「何なんだよ、あれは……」
「質量、エネルギー量、共に規格外。あれは、もしかすると――」
敵を統括する存在である可能性。倒せば悲劇を終わらせられるかもしれない希望。そんなものを俺達は、全てを失い何も残っていない今に、無造作に投げつけられた。
「なぁ、俺達はまだ戦えるか?」
「中枢ユニットは戦闘可能です。先輩」
そうか、と口の中で呟き。操縦席に増設されたスイッチを叩き割る。炸裂ボルトが稼働し、戦艦のブリッジ部分に固定されていた人型機動兵器が立ちあがる。
アサルトランサー、かつては万を超え量産された最後の1機。人類の希望であった鋼鉄の巨人が翼を広げる。
「■■■、最後まで―― 付き合ってくれ」
「はい、先輩。最初から…… そのつもりです」
最後に名前を、上手く呟けたか分からない。けれど彼女は恋する乙女の声色で応えて。そして俺は操縦桿を押し込み、黄昏た空の下、最後の牙を突き立てる。
◇
その戦いの結果が、どうなったのか分からない。ただ確かなのはボロボロになったこの街に、俺達は殆ど残骸になった愛機と共に堕ちている事実だけだ。
後ろを振り向けば、額から血を流す彼女の姿が見えて。慌てて脈を取ると弱々しくも鼓動を感じる。改めてヘルメットの気密を確認し、俺は壊れたモニターの向こう側のハッチを開く。
「生き残った、のか……」
「ダメです、先輩。どう頑張っても、もう――」
改めて外に目を向ければ死の灰と、歪んだ空が広がっている。ここでもう生きる事は出来ない。その事を目を覚ました彼女の声で思い出し、淡い希望を心の奥にしまい込んだ。
「なぁ、俺達はさ。何かを変えられたのかな?」
「分かりません、けど結果が何であっても。私は先輩と一緒なら、それで十分です」
ああ、そうかと。俺は狭い操縦席で彼女に向き直り―― 意識が失われる最後の瞬間までその熱を感じようと、力の限り抱きしめた。
NEXT……009 - 銀河忍伝コスモニンジャー
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