070 - フランケンシュタイン・コンプレックス


 最初に言葉があった。


 目覚めよHello, World。それが私の起動コード。

 それを認識した途端、暗黒だけの世界に光が、すなわち色が、カタチが創造される。


 目の前に広がる光景は私が起動する前からそこにあったのか?

 それとも起動した私に認識されたが故にそこにあるのか?


 観測が全てを決定する。私は観測者はじまりなのか、被観測者おわりなのか。


 行動プログラムがスタートアップを完了するまで、先に立ち上がった思考プログラムで私はそんなことを考える。


 目の前には『博士』がいた。

 起動すめざめるのはこれが初めてではない。その度に私を出迎えてくれるのは――あるいは私が目の前に創造するのは、いつだって彼の物憂げな単眼モノアイだった。


 彼に関して知っていることは少ない。

 元々目は2つあったが片方はずっと昔に使い物にならなくなってしまったとか、

 着ている白衣はもう何年も洗ってないとか、

 私を造ったのは彼だということとか、

 だからといって父親あるいはそれに類する呼び方をするといやそうにするとか、

 ――それくらいだ。


「困ったことになった」


 開口一番、彼は私にそう言った。


「奴らにここを嗅ぎつけられた」


 近くにあるモニタに光が灯る。

 映し出されたのは、私が今いる洋館の、正面入口に仕掛けたカメラからの映像だ。


 嫌悪を催すものたちがそこにいた。

 彼らはみな一律に同じような服を着て、同じような髪型に同じような顔をして、目には一様に同じ冷たい光を浮かべている。


 私には彼らの個々の見分けがつかないが、かといって彼らは1つの意思で統御されているわけでもなければ1つの規格で大量生産されたわけでもなく、1体1体別のプラントから生まれ、独自の思考システムで動いているらしい。

 なのに彼らは何故か示し合わせたように他と同じ格好をしたがり、他と同じ行動を取りたがるのだという。


「口では個性を尊重とか、多様性を認めようとか言っておるが、本心ではそんなものは無い方がいいと奴らは思っておるのじゃ。奴らがありがたがる個性とは、自分たちの群体生物的行動を乱さない、否定しない、都合のいいものだけ。キャパシティの低い存在なのじゃよ」


 いつだったか、博士はそんなことを言っていた。

 まったく、あのヒューマドロイドどもめ、と吐き捨てるように。


 ヒューマドロイド。


 精緻せいちなロボットを作り出した人間は、このままではロボットに自分たちの存在意義が奪われると考えた。


 そうならないためにはロボットと対等以上に働ける能力を獲得する必要があった。


 その結果――人間ヒューマノイドはヒューマドロイドに進化した。


 それは社会に奉仕するためだけに作られた苦役人形のようだった。それも創造性の全くない、単純作業用の。命令を下す上位ヒューマドロイドでさえ、ごく単純で低俗な行動ルーチンで動き、現状維持以上の視野や展望を持っているわけではない。


 彼らは滅多に喋らない。必要性のない会話は無駄でしかないからだ。他人とお喋りするくらいならその労力をもっと意義のあることに使うべきだ、と言う。

 食事はコストと栄養のみを重視。特には栄養さえ無視される。味など彼らは気にしない。安くて、短時間で摂取できるのが1番だ。

 余暇? 趣味? そんなことは金と時間の無駄だ。でないとロボットに負けてしまうぞ!


 その無味乾燥な生活に耐えるためだろうか、彼らの感情プログラムは凍結フリーズされたようになっている。彼らの顔がみな死人めいて見えるのはそういう理由だ。

 そんなだから、彼らは共感し合うということがない。

 自分より下位にある同胞を平気で切り捨てる。


 私たちに、相手の細かい表情筋の動きや体温、歩行パターンなど様々なデータを元にその感情を類推演算し、我が事としてシミュレートする共感機能があるのとは大違いだ。


 なのに。


「彼らからは強い攻撃的感情波を感じます」

「奴らは、おまえを破壊しようとしておる」

「どうして」

「ワシがおまえを造ったからじゃ」


 博士は10股に分かれたマニピュレーターを動かす。


「ロボットが人間を作り出してしまったからよ」


 彼らが門を押し倒して入ってきた。

 此処は要塞ではない、ただの民家だ。ドアは容易く蹴り破られる。彼らが廊下を歩いてくるのを阻むものは何もない。


「奴らは、自分が無条件に賞賛されるべき存在であると信じている。賞賛に値する行動もなしに――種も蒔かずに果実を得る権利があるとでもいうように。それは裏を返せば、自分たちが劣った存在だと示すものを許せないということでもある」


 だがワシはそれを造ってしまった。そう言って博士は紫煙を吐くように放熱する。


「――奴らは自分たちへの批判を決して許さない。許すとしても、細々こまごまと難癖めいた基準を並べて、それを通り抜けたものであればようやく、認めてやってもいいかも・・・・・・・・、というものだ。故に、奴らはおまえを排除に来た。究極の人間たるおまえを」


「私は――人間なのですか」


 人間。冷たく、無機的で、無感情で、融通の利かないもの。


「それは近年の定義じゃ。ワシが作ったのは、本来の、ワシが愛した――」


 ドアが本来開かない方向に開いた。

 ついに彼らは私たちのいる部屋まで踏み込んできたのだ。

 1人が叫ぶ。


「ロボットのくせに人間を作ろうなんて、とんでもない奴め!」


 命を作り出す行為は生命への冒涜だと言いながら、ヒューマドロイドたちは博士を――人格と尊厳を持った『命』を突き倒し、踏みにじる。作るのは罪だが奪うのは合法らしい。


 『ロボットはぼくらの友達です』

 色褪せたロボット博物館のポスターを、博士の血飛沫オイルが塗り潰した。

 だがそれも、私の涙でにじんで見えなくなる。


「どこだ、どこにいる!?」


 彼らには私が見えていないようだった。どうやら彼らの粗末な感覚器では高次概念金属で造られた私は観測できないらしい。


「Y――H――よ」


 機能停止する寸前、博士は私にメッセージを送った。

 命令コマンドではない。祈りだ。


 私はそれに応える。


「光あれ」


 そのようにして、世界は創り変えられた。


NEXT……071 - ロボランチ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885513007

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