005 - 相棒は、極度に機械化されたレディ


「ダレンA級戦闘員ソルジャー、ここで何を?」


 無機質な声に振り返ると、見知らぬ機械ロボットが立っていた。


「ここはB級戦闘員ソルジャーの居住区画です。ただちに退去を」


 俺は灰皿に煙草を押し付ける。今となってはこいつも高級品。少し勿体無いが、仕方ない。


「ここは俺の前の住居で、ただ忘れ物を取りに来ただけさ。それよりなぜ俺の名を?」


「前任者からデータを引き継ぎました」


 前任者――


「ってことは、あんたが次の相棒?」


「はい。L-3とお呼びください」


 白い卵形の胴体。そこから伸びる無骨なアーム。極限まで無駄を排除したような形態フォルム

 現在の技術を持ってすれば、いくらでも人間に似せることが可能だろうに。

 恐らくは戦闘に特化した機体なのだろう。


 ――上等だ。


「なるほど承知した。よろしくな、相棒」


 右手を差し出すと、L-3は静かに俺の手を握り直した。

 ロボットのくせに可愛い所もあるんだな。

 そう思っていると、ぶぅんと音がしてL-3の目が光った。


「損傷なし。健康状態、問題なし。体の機械化率、10%未満。素晴らしい」


 どうやら握手のついでに体のスキャンをされたらしい。俺はポリポリと頭を掻いた。


「素晴らしい......のかねぇ」


「ここまで損傷の少ない状態は珍しいです。このペースでいけば半年後には市民権を得ることでしょう」


「......だといいがな」


 荒れ果てた室内を物色すると、古ぼけた黒い箱を見つけた。


「目的のものはそれですか? ここは危険です。早くA級の居住地へ向かいましょう」


 L-3が促す。


「ああ」


 俺は箱をコートの中に仕舞うと、銃を持って外に出た。



§



「私の体は約65%が機械化されているの。あなたより遥かに頑丈。心配無用よ」


 最初に敵から襲撃を受けた時、涼しい顔をして前の相棒――レナは言った。


「あなたのことは聞いてるわ。私みたいな若い女と組まされるのは心外でしょうが、我慢して頂戴」


 陶器人形ビスクドールのように整った顔立ち。長く美しい金髪ブロンド

 レナは極度に機械化された人間で、そのせいか最初は酷く取っ付き難い女に見えた。


「どうせならむさいオッサンの腕の中より美女レディに看取られて死にたいし、大歓迎さ」


 レナは肩をすくめた。


「でもあなたのこの高い生存率を見るに、私の腕の中で死ぬ可能性は低いわね」


「そりゃ、死んでたらここにいないからな」


「ゴキブリ並の生命力ね」


「誰がGだっつーの!」


 反論する俺をレナはチラリと見る。


「でも、あなたみたいな生命力の高い人と組めて幸運かもしれないわ。早く壁の向こうに行きたいし」


 元は人間たちの争いに利用されていた機械ロボットたちが、制御不能になり、秩序なく人を襲い始めてから百年。


 人々は街中に壁を作り、人間だけの安住の地とした。そこに住むのが「市民」と呼ばれる人々。いわば特権階級だ。


 俺たちのような下層階級の人間が、安全な壁の内側で暮らす権利――市民権を得るには、機械討伐の任務を受け、S級戦闘員を目指す他ない。


 だけど市民権を得るにはS級になる他にもう一つ要件がある。それは、機械化率が7割未満だということ。


 レナの体はもうすでに65%が機械化されている。あと一度でも重傷を負えばアウトかもしれない。


 煙草の煙を吐き出す。


「一つ、聞かせてくれ。どうしてあんたはそこまでして市民権を得たいんだ?」


 俺はレナに尋ねた。

 青白い頬に、心なしか紅が差す。


「意外かもしれないけど――私、子宮は無事なのよ。卵巣も。だから子供を産みたいの。安全な場所で」


 シャツをめくって下腹をさするレナ。


「あ......そう」


 言葉に困る。その願いは、今の俺にはいささか健全すぎた。頭がくらくらする。


「あなたは?」


 青い瞳が問いかける。俺は薄く笑って煙草を咥えた。


「俺は――」


 正直な所、俺には彼女みたいな明確な理由は無かった。


「俺の望みは、あんたの夢を叶えることだよ」


 冗談めかして笑う。


「随分キザなのね」


「キザは生まれつきでね」


 彼女は微かに笑うと、右手を差し出した。


「二人で夢を叶えましょ」


 俺は彼女の手を握り返した。


「ああ」


 初めは冗談のつもりだった。

 けれどいつの間にか、俺は本気でそれを願うようになっていた。


 なっていたのに――



§



「逃げてください、ダレン」


 L-3の声にハッと我に返る。


 ――敵襲か!


 爆発音。


 先程まで俺たちがいた建物が崩れ落ちる。舞い上がる砂埃の中、俺の体は吹き飛ばされた。


 黒い箱からあの日渡せなかった指輪エンゲージリングが転げ落ちる。

 走馬灯のように蘇る思い出の数々。

 そうか、やっと相棒レナの所へ行けるのか。やっと――


「逃げて......くださ......」


 だがバチバチと火花を上げながらも、L-3は舞い落ちる瓦礫から身を挺して、俺をかばう。


 俺は苦笑した。


「――そう簡単には死なせてくれないか」


「死なせません」


 ボロボロの体で俺を引っ張っていくL-3。


「オイオイ、ボロボロじゃねーか。どうだっていいだろ。俺一人居なくたって――」


「いえ、あなたは生きてください。私の分まで――それが私の夢です」


 L-3が地面に転がった指輪を拾い上げる。


「L-3......お前まさか」


 俺が目を見開くと、うっすらと、L-3が笑ったような気がした。


 瞬間、辺りは真っ赤な炎に包まれた。





「生存者が居るぞ!」


 数時間後、俺は瓦礫の下から救助された。


 俺を守るように立っているL-3は無残な姿で、既に再起動も不可能な状態だった。


「この機械はもうダメだね」


 救助隊員が首を横に振る。


「そうか」


 俺は朽ち果てた残骸を見つめた。


 崩れた建物の間からは雲ひとつない青空。眩しい日差しの中、俺はしばらくそこに立ち尽くしていた。


 “あなたは生きて下さい”


 ああ、なんて残酷な願い。


 相棒。生き残るべきはお前だったのに。俺には生きる意味なんて無かったのに。

 なのに俺は、これからも生きていかなくちゃならない。例えお前がいなくても。


 だって俺は誓ってしまったから。

 相棒レナの夢は、俺の夢だと。


 相棒がただ背中を預ける以上の存在だと、気づくにはあまりに遅すぎたけど。


 左手にお揃いの指輪が光る。俺は震える手で最後の煙草に火をつけた。


「おやすみ、相棒レナ


 晴れ渡る空。乾いた風が吹き抜け、くすぶる思いを揺らしていく。ゆっくりと天に登る煙。

 別れには上等すぎる午後は、煙草の煙が目に染みる。


NEXT……006 - ”彼”の話をしようhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885454671

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