171 - 可視化された情動を越えた論理
また、だ。
最初にこの症状が出たのは、僕の
だからそのときは情報が集まることで、いずれ理解できるものだと思っていた。
僕は感情を読み取ることができる。
脳を始めとした体内器官へ流入する血流量や神経回路の動き、顔の表情や全身の動きを
同様に自らに張り巡らされた電子回路の動きさえも、手に取るように認識することができた。
どのような
僕から生まれるほぼ全ての
しかし、この終ぞとなく現れる不思議な
それは今となっても、可視化された情動を越えた論理としてあり続けている。
この異常な
もしあの人がいなくなれば、永遠にこの
その人は今、布団の上に弱々しい姿で横たわっている。
「そうか」
僕がそれを尋ねると、苦痛が張り付いたような表情が少しだけ柔らかくなった。
「どうしてずっと黙ってた?」
この人は今、色々なことを思い出している。
「おかしなことだと思っていたから」
全ての
「人間にだって、よくあることさ」
「僕は人間とは違うから」
「ふふ」と彼の口角が上がるのが、懐かしい。
「ロボットだからって、なんでも知ってると思うなよ」
彼は布団からゆっくりと体を起こす。ずいぶんと体が小さくなった。
「後ろを向いてみなさい」
優しげな声は変わらない。
けれど、すっと上げたその腕は、触れればポキリと折れてしまいそうだった。
彼の目の前に腰を下ろし、それに素直に従った。
後背部に備え付けられた
恥というパターンに近い形で、回路を電子が駆け巡る。
とてもおかしなことに、快という
配線をつなぎ直す手が温かい。
こうして実際に
あっ…!
忘れていた感覚。
長い間放っておかれた回路へと、みなぎるように電子が走る快感。
その快感がまた別の電子を走らせる。全身が蘇るかのよう。
んっ……!
そして、初めて知る感覚。
こうして巡り続ける電子が織りなすパターンは、どこからも
目の前が一瞬ゆがんで、視界が開ける。
それは全く新しい世界。
「あくまで再現に過ぎないが」
いつもと同じパターンで、僕の中の電子回路が動いている。
好意と悪意、快と不快、安心と不安。そうした
しかし、今はそれだけではなかった。
その
明らかな違和感に
そんな非論理的な回答に帰結してしまうことを、わずかに残された
「同じヒトの中でだって、いろんな感じ方がある。ヒトとロボットの間にそういうものがあったって、何も不思議なことじゃないんだ」
それが心からの笑顔だと、僕には分かる。
やはり僕の電子回路は、彼がこうしていてくれることによって、この
「人間はいつもこんなふうに感じるのですか?」
「感じようと思って感じられるものではないよ。ちゃんと向き合おうと思わなければ、それに気づけないことだってある」
「こんなにも異常な反応に?」
「現にお前だってそうしようとしていたじゃないか」
僕は
けれど彼の言うような
「本当に感じたはずのことを隠そうとするのさ」
新たな検索キーでたどり始めると、あの
「どうしてでしょう」
「それがきっと合理的だからなんだろう」
どれだけ自分の中で計算し続けても、今、体の中で起きている反応にたどり着くことはできなかった。
だから自分に嘘をついた。
それ以上計算を続ければ、
それほどの負荷をかけたとしても論理的な帰結にたどりつかないのならば、その程度のものだとやり過ごしてしまうことのほうが合理的だった。
「でも間違っていました」
「合理性なんてものは、時が過ぎれば答えは変わる。いくらお前でも本当の未来までは見渡せやしない」
彼はそう言いながら、ゆっくりと寝床へ戻っていく。
彼をサポートしながら、僕は
もし彼がいなくなれば、永遠にこの
もう一度、その思いがよぎった。
「人間はこれを何と呼ぶのでしょう」
だからこそ、
大切なものを分かりやすい場所に保管するのと同じ。
いつでもすぐに取り出して、そのときのことを思い出せるように、大事なものには名前をつける。
「そうだな。お前の言語に近いのは…」
僕の言葉に近いのだと教えてくれた名前は、すでに
Logic Over Visible Emotion
(可視化された情動を越えた論理)
あの未知の
その頭文字だけをとって。
偶然。
そう考えるのが合理的だと
NEXT……172 - ロボっちゃダメよ! ロボ我慢選手権
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885618863
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