157 - last dance

『——作戦開始まで、残り30秒』


 薄暗いコクピットの中、僕は瞼を閉じて深呼吸する。

 

 戦いは、終盤だ。

 二大軍事同盟が互いを葬り去ろうと苛烈になっていった戦争、それは望まれたものではなかった。

 戦時特需で儲けようとした極一部の人間による、浅ましい欲望が生み出した地獄だ。


 そして、その悪意に気づいた人々は敵味方問わず集い、力を合わせて戦った。

 結果、互いの軍事同盟内に蔓延る悪と向き合い、己の正義を貫き通すための戦いが始まったんだ。


 この事態の黒幕がいる要塞に、僕たち『連合軍』は攻撃を仕掛ける。



 

 僕たちはかつて敵同士だった。憎悪を叩き付け、自分の正義を押し付け、自分の手を血に染めてきた。

 だが、僕たちは戦う意味を、本当の意味で守りたいもののために戦うことを誓って、ここに集ったんだ。



『——5、4、3、2、1……』


 この戦いが終われば、戦争は終わる。

 これ以上、戦争経済のために人の血が流れることは無くなるはずなんだ。



『——作戦開始、全機発進! 各戦闘艦が進軍を開始しました、我々〈第9機動遊撃隊〉は戦闘艦隊の前進を支援し、接近する機動兵器の迎撃することが役割です――』


 僕は目を開ける。

 ヘッドセットから流れるオペレータの声を聴きながら、コクピットの各コンソールに電源を入れていく。

 スイッチを弾き、押し込み、スイッチノブを捻る。機体の各システムが稼働を始める。コクピット内にジェネレータの駆動音が入り込んできた、薄暗い空間にモニターや計器類の灯りが増えていく。


『——敵要塞は長距離砲で艦隊を射程距離外から駆逐しようとするはずです、攻撃艦隊はある程度接近したらダミーデコイを使用し、あらゆる手を使って接近を試みます。艦隊の援護と、長距離砲の破壊、これを同時に行う必要があります――』


 全てのシステムが完全稼働し、メインモニターに格納庫の全貌が映し出された。

 目の前に連なる機体、敵同士だったはずの仲間たち。


『——困難な任務ですし、連携が重要となります。……ですが――』


 僕は仲間たちの顔を思い返した。この強襲母艦のクルーたち、艦長、オペレータ、整備士、料理長、そして……同じパイロットとして戦って、散っていった戦友。


『我々なら、可能です』


『——強襲母艦〈タカオ〉総力戦、用意!!』

 艦長の号令と共に、発進シーケンスが始まった。

 

 仲間の機体がガントリークレーンでカタパルトデッキへと運ばれていく。



『——なぁ、ちょっといいか?』

 カタパルトへ輸送中の機体のパイロットからの通信だった。

 どうやら専用回線を使っているらしい。僕たちだけの通話だ。 


『この戦いが終わったら、どうするんだ?』


「どうもしないよ、平和な世界を取り戻してみんなと一緒にそれを守るだけさ」

 僕はそれを戦友に誓った。

 死んでしまった仲間の分も、僕は生きねばならない。


『相変わらずだな――』


 先のことを考えるべきなのは知っている。

 だが、今はこの一戦に集中したい。


『じゃあ、先に行ってるぜ。ちゃんと付いて来いよ』

「ああ、わかってる」


『——サジタリウス2、カタパルト接続完了。進路クリア!』


『——サジタリウス2、デイモン。行くぜッ!』

 電子サイレンが鳴り響き、格納庫から機体が飛び出していく。


 

 次の機体にガントリークレーンが向かっていく。

 

『——少しだけいいかしら?』

 僕とデイモンの機体とは違う規格の機体、かつて僕たちを追いかけ、殺そうとしていた敵側の機体とパイロット。

 互いに憎しみや殺意を向けあっても、僕たちはわかりあうことができた。


『わたしはあなたの親友を殺してしまった、それなのにどうして許してくれたの?』


「僕だって、君の上官を撃った。それでおあいこだろ」

 脳裏に蘇るのは、忘れもしない親友の顔。そして、彼女と繰り広げた死闘の数々だ。


『……そうね、わたしは……まだあなたを許せない。それでも――』


 僕も、彼女を許したとは言えない。

 今の僕には、それを考える時間が無いだけだ。


 全てが終わった後で、それをゆっくり考えたいと思う。



『——でも、まだ心の準備が出来てない。だから、この戦いを終えたらどうするか決めるつもりよ』


「ああ、そうしてくれ」


 彼女の機体がカタパルトデッキに降ろされた。

 


『心配はしてないけど、ちゃんと生き残りなさい。そうでなければ、わたしは敵討ちをすることができなくなるでしょう?』

「——わかってる。君こそ、気を付けて」


『ヴァルキリー1、カタパルト接続完了。近くで交戦が始まっています、注意してください』


『——ヴァルキリー1、出るわよ!』

 電子サイレンと共に、戦場の空へと飛び出していった。

 彼女は強い、それは僕自身が身をもって知っている。だから、信頼できるんだ。



 格納庫にあるのは、僕の機体だけになった。



『……ここまで、とても長い道のりだったわね』

 

 オペレータは、僕の友達だ。


 戦いに巻き込まれ、無理矢理戦わされて、そしてこんなところまで来てしまった。


「うん、とても……長い、戦いだった――」


 僕は、自分の両手を見た。

 パイロットスーツのグローブで包まれたこの手が、どれだけの敵を、人間の命を奪ってきたのか、僕には想像できない。

 それでも、僕がやったことの償いをするには、こうしてやれることをやるしかないんだ。



 機体が揺れる。

 懸架装置に固定され、カタパルトデッキへの移動が始まった。


「それも、これで終わる。つらい戦いになるわ」

 

 この艦にいる過酷な状況を乗り越えてきた。

 敵軍の厳重な包囲網を突破したり、満足な補給を受けられなかったり、友軍から裏切られたり、潜入してきたスパイに引っ掻き回されたり、いろんなことがあった。


 機体がカタパルトデッキに降ろされた。


 目の前には、戦場が見える。

 爆発、黒煙、曳光弾の軌跡、スラスター炎の残光、ミサイルスモーク、そんな戦場に僕らはずっといる。


『……カタパルト接続、完了。ヴァルキリー1が進路を確保しています、進路……クリア――』


 僕は機体を即時戦闘状況に持っていけるようにした。


『——生きて、帰ってきてっ!』


「——サジタリウス1、出ます!!」


 僕の、最後の戦いが始まった。



NEXT……158 - ヴァンマーネン白色矮星ダイソン球殻、ニューニューヨークの丘にて

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885596267

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