158 - ヴァンマーネン白色矮星ダイソン球殻、ニューニューヨークの丘にて

 カチナは肩付近から第三眼を生み出して、星空を見上げていた。それはヴァンマーネン白色矮星を中心に構築された大ダイソン球殻の内殻に貼りつく都市明りなのだが、古い習わしで人々はそれを星空と呼んでいる。

 もしかしたら、この星空ももう見納めになるかもしれない――

 球殻内で日蝕によって夜をもたらす人工惑星は、その空間の中心で今は日の光を遮っている。

『ニューニューヨークの丘にいるんだね』と、チョウからメッセージが入った。カチナは頷いた。

 彼の隣にチョウの〈素体〉が構成された。その姿はカチナのイメージに依存する設定が組まれている。チョウは少女だった。金色の髪の毛はさらさらで、肩まで長く、目はエメラルドのように輝き、力強い眉がラインを描いている。自分が自分たる芯を持った、気の強い女の子。カチナはチョウをそんな風に視ていた。

 チョウは丘の上で膝を畳んで、共に星空を眺めていた。その視線がカチナに流れてくる。クスリと笑うチョウ。

『目なんか増設して。何を見ていたの?』圧縮通信だ。

「隣にいるんだから。口で話そう」

『嫌だよ。だって、ただでさえ身体を動かすには膨大な情報を扱うんだから。その上、声まで調整するなんて職人芸、私には無理』

「〈太陽〉の赤色巨星化から久しい」

『突然なに?』

「君の質問に対する回答だよ、チョウ。……最後だと思ってね。だから、星空を見ていた」カチナは第三眼を肩に吸収し、元々の二つの目でチョウを見た。「太陽系に行ってみようと思っている」

 微笑みかけるカチナに対し、チョウの身体は反応せず彫刻のように静止していた。

 カチナが視る少女のチョウは、本物のチョウを覆い隠すいわばアバターだ。つまり、少女のチョウはその中のチョウが自身のその動きを制御しなければカチナにそれは伝わらない。

 チョウは空を見つめて硬直していた。その様子にカチナは、心の底から動揺している本物のチョウの姿を垣間見たような気がした。

 カチナは続ける。「球殻に人体船団から通信が入ったんだ」

 チョウが動いた。『……まだ現存していたんだ』

 人体船団は、地球が――太陽系が滅んだ際の一番最後の避難民だ。今からおよそ五千年前にはじまった〈太陽〉の膨張は、たった数年で地球の表面を簡単に焼き尽くした。当時すでに人類はヴァンマーネン白色矮星に宇宙基地を建造しており、すべての人類はそこを目指し避難を開始した。避難方法は二種類あった。

 一つは、人体船団として十四光年の恒星間を物理的に移動する手段。もう一つはカチナたちのように自身のデータを先行して基地へ転送し、人体の代わりに〈素体〉に入って生き延びるというものだ。

「星雲状になって木星よりも遠くにある惑星を破壊した水素の核融合環帯の拡散が、いよいよ落ち着きを見せているそうだ。人体船団の中にはそれを待って付近を周遊していた一団がいるらしい。そしてその彼らが、白色矮星になった〈太陽〉の新たなるハビタブルゾーンにあと三十年ほどで到着する。その通信は十五年のラグがあるから、今から僕のデータを転送すれば、ちょうどいいタイミングで僕も彼らに合流できる」

『人体船団の人たちは私たちの〈素体〉を忌み嫌っているって話だけど。私たちには性別もないし、形だって見え方は人それぞれ。私の身体だって、私は私のイメージをあなたに伝えていないから、あなたは私を好きにイメージしているけれど、あなたはあなたの見え方の自由を外部に許可していないから、誰が見てもあなたはあなたに見えている。そして私たちはその考えを互いに尊重できるけれど、人体船団の人たちはそうじゃない』

「確かに――この球殻では彼らの到着によってそれによる争いが起こるかもしれない。でも〈太陽〉でなら大丈夫だと思う。地球を失った僕らが再び〈太陽〉の恩恵のもとで文化を生じさせようとしているんだ。その目的の中でなら、人体と〈素体〉の違いも、五千年の価値観の相違も、きっと小さなものに過ぎないよ。僕たちはまたあそこで暮らしたい。地球があったはずの場所で僕たちは地球を感じながら、真っ白になった〈太陽〉と共に生きて行くんだ」

†††

 とんだロマンチストだ――

〈素体〉を崩して球殻から旅立ったカチナを見送りながら、チョウはそう思っていた。果たして〈太陽〉では本当に彼が言っていた通り、人体も〈素体〉も一丸になれるのだろうか。それを確かめるために、いっそのことカチナを追いかけてみるのもおもしろかったかもしれない。しかしカチナはかなり先行して人体船団転送の申し込みを済ませていたようで、チョウがそれをしようとした頃にはすでに順番待ちが十万人ほどに達していた。〈素体〉が割り当てられるまでの予想待ち時間はおよそ八百五十年とのことだ。それならば、例え十五年のラグがあろうと〈太陽〉の進捗をここで受け取っていた方がまだ彼に近いと言える。

 そしてその後、数千年先頃には届くだろう朗報に今から期待を寄せながら、チョウは踵を返した。

†††

 やがて人体船団が球殻に到着し、彼らはニューニューヨークの丘に降り立った。人体が冷凍され眠っていた五千年という移動時間の間に完成した大ダイソン球殻に息を飲み、何度も何度も星空を見渡している。蝕が終わり、果てから朝が押し寄せる。星空が白く塗りたくられていく。そして達した眩しくも温かい恒星の光に、人体と迎え出た〈素体〉たちはみな目を細めた。

「ようこそ。ヴァンマーネン白色矮星ダイソン球殻へ」

 同じく彼らを歓迎しにやってきていたチョウはカチナを見習い、肉声による挨拶で――市民として誰よりも率先して彼らに握手を求めた。

 こちらもこちらで、私たちはうまくやるつもりだよ、カチナ。

 ニューニューヨークの丘にて、多くの握手が交わされた。


NEXT……159 - とあるヒューマノイドの看護日誌

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885596294

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