129 - カフカとメイド、或いは

「やあ、おかえりなさいご主人様。ご飯にする? お風呂にする? それとも、し、ご、と?」


 残業でくたくたになったというのに、このポンコツクソメイドはいつも通りのなめた挨拶をかましてくる。


 これでも三十二万もするアンドロイドだというのだから驚きだ。


「……仕事は、ご飯を食べてお風呂に入ってからだ」


「なんだ、やっぱりまだ仕事が残っていたんじゃないか」


 俺がコイツを金で買った以上、俺はコイツよりも圧倒的に上の立場にいる。なのに、なんど注意してもこいつの舐め腐った態度は変わらない。


「そんなことだろうと思って、夕食は元気の出るものにしておいたよ、ほら」


 ポンコツクソメイドではあるが、やることはちゃんとやっている。ご飯を作ったり、掃除をしたり洗濯をしたり。後は俺への態度をどうにかしたら完璧……ではないが、多少はましになるはずだ。


「ご主人様、私はご主人様のメイドであるのだから、疲れているのなら私の身体をはけ口にしてくれて構わないのだよ?」


「お前が構わなくても俺が構うわ。何が悲しくてアンドロイドメイドで童貞捨てなきゃいけないんだよ」


「おや、ご主人様は未経験者(笑)だったか」


「笑うな、止めろ」


 コイツはどこまでも主人を舐めている。


「安心してくれ、私はパーフェクトメイド(三十一万四千七百円、税込)だからな。夜のテクニックだってマスターしている。人間であれば、イチコロだ。相手が女だろうが男だろうが、な」


「もういいから、早く飯にしてくれ」


「ノリが悪いなあ」


 文句を言いながらメイドはご飯の支度を始める。


 どうして俺がコイツを買うことになったのかには、深いわけがある。


 最近の日本の技術はすごい。なんだかすごい物質だかなんだかが見つかったらしく、それの応用だかでほとんど人間と同じ思考を持つアンドロイドを作ることにまで成功している。そして、それが実用化され、市販のメイドロボとして売られている。


 三十二万というのは安くもなく高くもなくという値段なので、前々から検討していたのだが、会社の上司が最近買ったアンドロイドメイドの女の子の事をやたらと自慢してきて、それが少しばかりいやかなり結構ものすごく鬱陶しかったので、売り言葉に買い言葉で購入してしまったのだ。

 

 店員からおすすめされたので見た目は悪くないと購入したが、おそらくあの店員は厄介払いをしたかったのだろう。仕事はちゃんとするので返品も出来ないし、という状況である。


 ご飯を食べて、お風呂に入るとノートパソコンを開き、やり残した仕事をする。クソメイドは、洗い物をしているようだった。


「なあご主人様。ご主人様はカフカを読むか?」


 仕事がひと段落したところでポンコツが突然声をかけてきた。


「カフカ? 朝起きてたら毒虫になってた奴か」


「『変身』だな。虫になった男は最終的に死ぬ」


「いきなりネタバレをするなよ……いいんだけどさ。で、そのカフカがどうしたの」


「いや、なんとなく聞いてみただけだ。それでは私はそろそろ休ませてもらうよ、ご主人様。今日の仕事は全て終わった」


「……ご苦労様」


 釈然としないが、コイツはこういう奴なんだと無理やり納得することにする。


「……なあ、ご主人様。グレゴール・ザムザには毒虫として家族や世界と分かり合える道はあったのかな」


 それは、俺に対する皮肉だろうか。あのクソアンドロイドは、俺の事を案じている、もしくは真逆の何かを感じているのだろうか。


 彼女達アンドロイドは人工知能の完成形、人類が到達した奇跡と呼ばれている。彼女達は百パーセント人工の作られた生命だ。しかし、彼女たちには感情が存在している。


 彼女は、俺を見て、何を感じているのだろうか。


「やあ、おはようご主人様。早く起きないと遅刻するぞ」


  妙にシリアスだったはずなのに、翌朝になるといつも通り主人である俺を舐めきった態度でメイドロイドは俺を起こしてくる。アンドロイドであるコイツは寝坊という概念が存在しないので、時間には正確だ。


「おや、今日は早かったな、ご主人様。いつも通り残業して帰ってくると思っていたから、晩御飯はまだなんだ。もう少し待っていてくれ」


珍しく残業がないので帰ってすぐに晩飯が食べられなくても俺は気にしなかった。


「なあ、この前のカフカの話だけど」


「あの話は忘れてくれて構わないよ。大した話じゃないんだ」


「お前、俺の事をどう思ってるんだ?」


「それはもちろん私を三十二万で買ったご主人様だ」


「そんな事は聞いていない。俺は、俺という存在をどう思っているのかって聞いてるんだ」


「……それは私に、毒虫と答えてほしいのかい?」


 もちろんそんなはずがない。毒虫となって家族に愛想を着かされながら死んでいったザムザと同じだと、言われたいはずがない。


 だが、俺は人間ではない。故に、毒虫になることもない。人間が開発した技術で作られたアンドロイドであるコイツには分からないだろう。


 彼女たちは作られた生命で、しかし、感情を持っている。


 そういう意味では俺はこのポンコツアンドロイドより劣っているのかもしれない。俺には、俺たちには。人間のような感情はない。怒りを理解できる。嫉妬も理解できる。そして、それを真似ることも出来る。

 

 しかし、それが感情だと納得する事はできない。


 それはもう、捨てたものだから。俺たちは、機械的に作業をするだけの、ロボットにすぎない。


 人間でいることを辞めて、ただ人間だった頃の名残を全て捨てきれずに、それでも忘れてしまって。


 家族に疎まれ、ただ社会のため国のため。ルーティンワークをこなすだけの、ロボット。


「私は、毒虫だなんて思っていないよ。昨日の質問は意地悪だった。申し訳ない。私はただ……本当にご主人様たちがもう人間でないのかが気になったんだ」


「結果は、どうだった」


「ご主人様が今理解しようとしている、その感情もどきの名前を当ててあげよう」


 そういうと、メイドは、にこりと笑って言った。その笑顔を、俺は眩しいとも、綺麗だとも思えない。


「それが、後悔というヤツさ」



NEXT……130 - モデラーズ・ライブ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885562934

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