130 - モデラーズ・ライブ

「イサブロォォォッ!」


「コトブキィ!」


 一瞬の交差。互いの柄頭から発振されたビームのやいばが交錯し、激しいパーティクルを散らす。突進の余韻を少し、ターンして再びの最接近。正眼でかち合った二色の光刃が、壮絶な鍔迫り合いの余波としてスパークをまき散らす。


「そのビーム刃ァ、キットについてるやつじゃねぇな!?」


「おうよ! こっちのほうが威力が強そうだったんでなァ、他キットから拝借したぜ!」


「ビーム刃のためだけにか!?」


「ハハハハハハ! 残りはまるっとジャンクだ!」


「このトノサマモデラーがァ!」


 青い機体、太刀川コトブキが操るセイバーシャークが、裂帛の気合と共に剣を振りぬく。しかし相対する赤い機体は一瞬身を引くことで軽々とそれをいなし、セイバーシャークは踏み込み過ぎてバランスを崩した。致命的な隙だ。


「しまっ……!」


「動きが直情的すぎるんだよ!」


「ンなくそァ!」


 赤い機体、伴イサブローが駆るグロウファントムは、大上段から光刃を振り下ろす。あわやセイバーシャーク、このまま一刀両断か。そうはならなかった。バックパックが急展開してサブアームを形成し、迫る光刃を受け止めたからだ。


「そうでなくちゃな!」


 イサブローが喜色を浮かべる。しかし主腕メインアーム副腕サブアームでは出力差などくらぶべくもない。じりじり押されるセイバーシャーク。すでに関節ヒンジは悲鳴を上げて、幾何の猶予もない。


「そうやって余裕ぶって、嫌味なんだよ金持ち野郎!」


 罵声を飛ばし、ビームガン[特]のトリガを押し込むコトブキ。サブアーム先端、マニュピレータ掌部の砲口から閃光が迸る。


「趣味ってのはなあ、金をかけてナンボなんだよ! トノサマ上等ォ!」


 グロウファントムはしかし、とっさにサブアームを蹴り飛ばして離脱。砲口を潰され行き場を失ったエネルギーが暴発してアームごとバックパックが吹き飛ぶが、それに乗じて距離を取ることができたセイバーシャーク。


 青と赤のロボットは、片や新品同様、片や満身創痍と対照的な様相を見せながらも、再び宇宙空間上で対峙する。


「その傲慢さで、一体どれだけの積みを重ねてきた!」


 再び、セイバーシャークは剣を正眼に構える。キット付属の青白いビーム刃は、コトブキが初めてのエアブラシで塗り替えた青色の機体色に良く映える。


「知りたいか?」


 グロウファントムは新たな剣を取り出して、特大のビーム刃を発振する。コトブキの見立てでは、あれは1/100セントラルネメシスに付属している劇中再現用のビーム刃だ。確か通販限定だったはず……。


「昨日の時点で、520箱だァ!」


「作れよッ!」


 狂気じみたカミングアウトと同時に、特大のビーム刃が迫る。受けてはならない。受ければこちらの剣ごと両断される。コトブキはそう断じて、一瞬のフェイントをかましてからその剣閃から逃れようとした。しかし


「言ったろ! お前の動きは直情的だってなァ!」


 直前で軌道が変わる。実体剣と違い重量のほとんどないビーム剣ゆえの動き。しかし、


「マニュアル操作!?」


 コトブキは泡を食った。剣戟モーションのマニュアル制御など常人の成せる業ではなく、対策などできようはずもない。

 セイバーシャークの右足が、大腿部から切り落とされて宙を舞う。著しくバランスが崩れ、コトブキは錐揉みしながら小惑星に激突した。


「2流だなァ。プラモの腕も、ゲームの腕も」


 未だ動けないセイバーシャークを見下すように、グロウファントムが降り立つ。


「うるせェ。どうせ大会の賞品だって積むんだろ? テメェにはプラモへのリスペクトが足りねーんだよ」


「負け犬の遠吠えだな」


 未だレッドアラートの鳴り響く筐体内で、コトブキはうんともすんとも言わない機体を何とか動かそうと必死だった。イサブローに切り捨てられた言葉は、時間稼ぎが4割の本心が6割である。


「じゃあな、コトブキ。楽しかったぜ? 」


 イサブローが、グロウファントムが剣を構えた。動かない機体など相手にとって不足でしかなかったが、勝負は勝負だ。決着をつける。

 特大の光刃が高々と大上段に掲げられ、更に出力を増した。セントラルネメシスの必殺技、ジ・エンドオブネメシスの再現である。それが振り下ろされた時こそ、セイバーシャークの最期だ。


「ジ・エンドオブ……!」


「そこだァっ!」


 イサブローが、ネメシス主人公を気取って口上を上げた、まさにその時である。

 セイバーシャークのツインアイにひときわ強い光が灯り、直後、胸部装甲が解放。巨大な砲口がせり出す。


「フルスク……ッ!?」


 セイバーシャークの胸部から放たれた特大の破壊光線が、グロウファントムを包む。光と破壊の渦の中で、イサブローは剣を振り下ろす。


 イサブローが攻撃動作を躊躇した、その一瞬が勝敗を分けた。



・・・



「なー、コトブキィ。そいつのウイングって確か余剰だろ?うちにあるジャンクと交換してくれよ」


「やなこった。お前はまず積みを崩せよなー。小母さんに会うたびに愚痴聞かされる身にもなれっての」


 夕暮れの道を、コトブキとイサブローが並んで歩いていた。先程までのやり取りは、所謂ごっこ遊びのようなものだ。別に二人はいがみ合う仲では無いし、どちらかというと親友の部類に入る。

 イサブローがモノ欲しそうに見る視線の先、コトブキの手の内には、先ほどまでの死闘を制した証であるプラモデルが抱えられている。2色刷りのパッケージは限定の証だ。


「あーあ、もうちょっとだったのにな。お前、いつあんな隠し玉用意してたんだよ」


「こないだ長谷川先生に無理いって、色々教えてもらったんだよ。お前の鼻っ柱、叩き折ってやりたかったからな」


「へっ、一回勝ったからってチョーシのんなよな。次の地方大会、首を洗ってまってやがれ」


 イサブローは「次は絶対かァつ!」と夕日に向かって叫んだ。負けてらんねえな。コトブキも決意を新たにする。その頭の中では、すでに次の機体の構想がもりもり膨らんでいた。


 と、その前に。


「よっしゃー! 帰ったらこいつを素組みだァー!!」


「あっ、おい待てよ!」


 二人の少年が、夕日に向かって家路を急ぐ。第1回モデラーズ・ライブ地方大会まで、あと1か月……。


NEXT……131 - Another Morning

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885562940

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