047 - ロボット小説の話をしよう

【ログ再生開始】


「ロボをテーマにした小説を書いたことはあるかい」


 私がロボットをテーマにした小説を書きたいと言ったら、眼の前の眼鏡の男は私に問うた。私が黙っていると男はペラペラと喋り続ける。


「人型ロボを小説で書く為に必要なものは沢山ある。そのロボットが開発された経緯、そのロボットが動く理屈、ロボットごとの武装、その他にも大量に有る。で、それを全部書けない」

「書けない? どういう意味ですか?」


 妙なことを言う男だと思った。書けるじゃないか。地道に資料を集め、歴史を模倣し、空想の翼を羽撃かせることで、それは届く夢じゃないか。


「ん、ん、君が何のためにロボを扱った話を書くかって話だよ」

「どういうことでしょうか? もったいぶられても困ります」

「自分の考えた理想のロボを表現したい。自分の考えた最も心躍る物語にロボが出てくる。ロボそのものの実現可能性に対する思考実験を行いたい。ロボと共にある社会を描きたい。まあそれ以外にも様々な理由が有るんだけどさ……」


 男はカップの中のコーヒーを飲み干す。


「その物語は書くだけで完結するのか、読まれることで完成するのか。どっちだい」


 それまでは薄っぺらい笑みを浮かべていた男が、酷く鋭い瞳を見せた。

 私は不安になってしまう。男の目はあまりにも鋭くて、迷いが無かった。なんでこんな人でも殺しそうな瞳をするんだろう。

 偶に喫茶店で会うだけの間柄なのに、なんでこんなにも熱く語るのだろう。


「問題はそこだよ。根本的な問題は」

「――私は」


 黙っていたままだと誤解されてしまうと思い、私は彼の会話を遮る。


「私は単純に好きなんですよ。だからそれをモチーフに書きたいと思った。読まれたら嬉しいし、それが文章という形になったら嬉しい」


 それを聞くと彼はにっこりと笑う。


「それは良い。凄く良いと思う。楽しいのが、嬉しいのが、何よりだ。でもそんな中である日思ってしまうんだよ。もっと読まれたい、もっと評価されたいって。そうなるとこれが大変だ」

「大変……本当に大変だと思ったら止めますよ、私は」


 そう。そういう自由なものだ。

 趣味でやっている創作なんだから。


「最初に決まってないとね……混ざるんだよ。それで苦しむ。読まれたかったら始めただけなら、創意工夫と研鑽と研究を重ねれば良い。書きたいのならばやはり創意工夫と研鑽と研究を重ねれば良い。だがその創意工夫と研鑽と研究って別物なんだ」

「自分の書きたいものを書くこと、自分の書いたものを読ませること、それが別ってことですよね。目的がぐちゃぐちゃになってしまうと、書きたいだけなのに読まれないのが苦痛になって、読ませたいのに書けないことが苦痛になるんですか。でもそんなのどんなジャンルだって一緒じゃないですか?」

「ロボは特に難しい……と思う」


 男の顔は暗くなる。

 眼鏡を外して俯いたまま、こちらを見てくれない。


「ロボを書くんだぞ……そのロボが大好きに決まっている。大好きなロボの魅力のすべてを書かずにいられると思うか? 無理だよ。絶対に書きたくなるんだ。それを制御して、ロボの全てを書かずに物語を書ける人間は本当に少ない。俺も無理だ。そこを完全に分割しながら向かい合わなければ、ただただつらいんだよ」


 つまるところ、この人も好きなのだなと理解ができた。

 好きだから希望を持ち、好きだから壁にぶつかり、悩んで自分なりの答えを出して、つらい気持ちになっている。


「格好良いですよね」

「格好良いよな。外付けされる圧倒的なパワーとか、そこで生まれる人間模様とか、青少年の葛藤を超えていく美しさとか」

「これは私見ですが、貴方のロボットへの興味は偏っている」

「偏っていて何が悪い。そりゃ趣味というものだ。同じロボットが好きだとしても、そのスタンスは千差万別、完璧な一致などありえない。そして一々そんなことを追いかけていたら集団の細分化が発生しちゃうじゃないか」

「駄目なのですか?」

「ジャンルって人が少ないと緩やかに消えていくだけだから」

「成る程、そういうものなのですね」

「そういう君はロボの何が好きなんだ?」

「私自身は限りなくニュートラルな立場でいたいとは思っていますが……機械が好きなんですよ」

「ふむ」

「機械が人と共に動いている。どちらが先導するでもなく、互いが互いの機能を最大限に発揮するその合一のありようが例えようもなく美しいのではないかと思うんです」

「君は機械が人間と一つになれると思っている訳か」

「ええ、貴方だってパソコンで小説を書くでしょう?」

「そうだな。指先を通じて画面に表現される物語は、間違いなく俺の頭の中から出てくるものだよ。それはペンの速度では生まれなかった思考で、パソコンという機械に乗って生まれた力。それでありながら人間の生み出した力。人の心を拡張するマシン。ああ、俺にとってのパソコンは、俺の求めるスーパーロボットに限りなく近いと言ってもいいだろう。俺の心を力に変えてくれるのだから」

「貴方のマシンですか」

「俺のマシンだ。俺の思考を表現し、時には代理する。それが俺の一部ではないと何故言える」

「それではまだ合一とは言えない」

になっては合一の意味があるまい。違うものが一つになって働くのが気持ちいいんだよ。それも俺がロボットを愛する理由かもしれない」

「……ならば、機械を人間のように作るべきではなかった」


 私はそう呟いて自らを終了させた。


【20XX年 3月26日】

【第72回 自然言語対話AI作動試験】

【ログ再生終了】

【//機械は孤独を埋めてくれないのだろうか?】


NEXT……048 - すぅぱぁろぼっ!JSパイロットはじめました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885483704

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