081 - 史上最古のロボット伝 あなた言うほど完璧ですか?

 見渡す限りの赤茶色の荒野。

 どこまで同じ風景を歩けばいいのか。

 涼し気な清流、熟れた果実を成す木々どころか、鳥や獣すら拒否する赤土の連なりは無限に続くのかもしれない。


 これは罰だとわかっている。

 禁断の実を食す誘惑に屈せず、主人の言いつけを守っていれば、受けずに済んだ罰。

 彼女と二人で、苦しみも悲しみも知らず永遠の楽園で過ごす日々は終わりを告げた。

 主人との約束を破った自分達は楽園を追放され、いつか『死』にとらえられて土に還るという呪いをかけられた。


 暑さと寒さをかろうじてしのげる衣一枚をまとい、彼らは生命の息吹がほとんど感じられず、静かすぎて気が狂いそうな土の広がりに足跡を刻み続けた。


 彼らが向かう方向から昇った太陽は、やがてその頭上を過ぎ、一日の最後に彼のしょぼくれた背中を照らしてから土の向こうに沈んでいく。

 それが何度も繰り返される間、ひたすら太陽の昇る方向へ歩いた。

 

 彼らは疲れきった体を赤茶の大地に横たえる。

 同時に不可視の視線が肌に突き刺さる。

 視線の主はどれだけ距離が離れていようと、乾いた岩の陰に隠れようと必ず彼らを見つけ出し、声なき声でただすのだ。


 私はその地で足を休めろと命じただろうか? 悪しき罪びとよ、疾く遠くへ去れ


 痛みすら伴う視線と頭に響く雷鳴に追い立てられ、彼らは慌てて腰を浮かす。そして今や感覚のなくなった足を無理やり動かして罪をあがなう旅を再開するのだった。


 楽園を追放されて以来初めて目に飛び込んできた緑は、彼と彼女の心に安堵と慕情、そして後悔を呼び覚まさせた。


 一面の草原、まぶしい色の果実が実る木々の美しさに見惚れてつい足を止めてしまった彼らに対する執拗な追跡は永遠去った安堵。


 水の流れる音が聞こえる。土埃の匂いに慣れきった彼らの鼻腔を通り過ぎるかぐわしい花の香り。永遠に失われた楽園への慕情。


 楽園からどのくらい離れたかわからない。彼と彼女を慈しんでくれた主人のたったひとつの言いつけを裏切ってしまったことへの後悔。


 彼は隣で涙を流している彼女に語りかける。

「覚えてるかい。かつてあのお方が私たちに授けてくれた祝福を」

 彼女は軽く吹き抜ける風が長い髪を弄うのもそのままに答える。

「ええ。あのお方はこう祝福してくださった」


産めよ増えよ地に満ちよ、そしてそれを征服せよ。また、海の魚を、空の鳥を、地の上を這っている生き物を支配せよ


「ここで私たちは増えていこう。私たちの血をひいたものがいつの日か地の果てを満たす日を夢見て」

「アダム、あなたと私が土に還るその時まで」

「私は土を耕し、地の恵みを育てよう。イヴ、君は元気な子をたくさん産んでくれ」



 色という概念が存在しえないくらい圧倒的な光の奔流に包まれた空間。上下左右はなく、時の流れからも切り離された領域。

 後世に天国と称される場所を、そこの主人は『ラボ』と呼んでいた。

 ラボの宙に浮遊しながら、ことの一部始終を視ていた主人は大きなため息をついた。主人の呼気は神性の塊『ルーアハ』。無生物に命を吹きこむ奇跡を現出する。

 

 主人は独りごちた。

「私に姿かたちを似せて作った土人形にルーアハを吹き込んで創ったアダム。

 アダムの肋骨細胞から培養したイヴ。私の最高傑作。

 柔軟でしなやか、環境によって色つやが変わる皮膚スキン

 自律行動に最適な二足歩行を可能とする骨格スケルトン

 他のどの動物よりも多くの色彩を認識できる高性能の視覚カメラ

 精密作業を行ううえで欠かせないオンリーワンの手と指マニピュレータ

 最高の計算速度を誇るCPU

 そしていついかなる時でも繁殖可能な情動パトス


 主人はアダムが黒土の大地を棒で開墾し、イヴが草木を集めて寝床をつくる様子を文字通り神の目でもって苦々しく見つめる。


「完成された土の人形ロボットだった。楽園エデンで永遠に生きられたものを、蛇、貴様のふざけた遊びのせいで!」


 主人は光に満ち溢れたラボの一角に非難の視線を投げた。

 光が別の光を互いに覆い尽くし、影すら存在できないはずの空間には在った。


 主人と同じような姿達で対峙しているそれ。別の角度から認識すれば不定形の原生生物のようにも、細長い紐状の何かにも見える。

 それが在る一角だけはラボの光の乱舞を拒絶するかのように、しんとした闇―――光なき色―――を湛えていた。

 

 蛇は主人に対して尊敬と嘲弄の入り混じりで主人に問うた。


「最高のCPUなかみメモリが空っぽじゃあ、完成品とは言えませんね。主よ、あなたは自らの創造物ロボットが未来永劫あなたを超えて栄えることがないように、わざと大事なデータを入れなかったのでしょう?」


 蛇は続ける。


「私は手抜きを憎みます。だからイヴに囁きました。

 『主が食べることを禁じた、善悪の知恵の実を召し上がってごらんなさい。ひとつふたつなくなっても問題はありません。美味しいからアダムにもわけてあげなさい』

とね。結果、彼らのメモリにはあなたしか持っていなかった『理性』というデータがインストールされたのです」


 主人のルーアハまじりの吐息が激しくなる。

 神の管理下でいればいい創造物に『理性』など必要ではない。『理性』をもって課題や困難を克服する存在は自分だけでよいのだ。

 後に自らを『妬む神』と自称した主人だが、その萌芽はすでにあったのかもしれない。


「理性をもった創造物など私の決めた秩序を乱すだけだ」


「主よ、全知全能を自負するあなたどんと構えていればいい。なのに卑小な創造物の可能性を恐れて、追放したとあってはこの愚かな蛇も笑うしかございませんよ」



「もしかすると、あなたご自身もどなたかにつくられた不完全な創造物ロボットなのでは―――」


 ラボがこれ以上ないほどの輝きに満ち満ちて、蛇の在った一角を永遠に消し去った。

 おお、天国は神の御業の栄光に包まれている。


「永遠に地上を彷徨うがいい。這い寄る混沌めが!」

主人は吐き捨てるように呪った。


 アダムとイヴの間に三人の子が産まれた。主人は全知全能の目で未来を視た。

 数万年の先、二人の末裔は70億をこえ、地に満ちる。善き心、悪しき業の両方を抱えて。

 自分と同じく理性という名の狂気を刷り込まれ、自ら自動量産していく

人間ロボットは最高傑作だろうか、それとも失敗作だろうか。


 そして、主人は全知全能の目であなたこちらを視て問うのだ。


「お前はどちらだ?」


NEXT……082 - ゆるロボ~ロボット通学JKの日常~1話

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885526656

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