035 - ベタなB級映画の最後は止してくれ!

 どうしてこうなった?

 そう問いかけても、答える奴はいない。


『来ないで、ああ!』


 ブツブツとノイズが走る無線。そこへ流れてくる叫び声。それは戦友の断末魔を表す。

 戦闘に集中したくて、それをシャットアウトしようとしてもできない。

 無理矢理だ。一秒……いや、それより短いのかもしれない。でも、その僅かな時間の中で、そいつとの思い出がアタマの中を駆け巡る。

 育成学校での第一印象、寮生活でお前から提案してきた教官へのイタズラ。戦場に出ても、お前はいつもの調子で笑わせてくれた。

 男同士で気持ち悪いか? それでも、お前は本当に俺の親友なんだよ。

 そして最後は、お前の無邪気な笑い顔が思い浮かぶんだ。


「クソ、鈴木……なんで」


 ただでさえ荒かった息がさらに激しくなって、過呼吸になりそうだ。

 今度は、俺がヤツに立ち向かわなきゃいけないのだ。

 ああ、ついにこの時がきた。本当に覚悟を決めなければいけない。

 操作レバーに小刻みに震える両手を握らせ、スロットルペダルにガクガクと震える右足をのせ、つま先に力を入れる——


 ◆


 大昔に起こった三度目の戦争は、地球を滅ぼすエネルギーと無人殺戮機が活躍した。

 一昔に起こった四度目の戦争は、有人の人型機動兵器が活躍した。無人機の禁止と機動性のある兵器が求められた結果だ。

 

 四度目の戦争で日本は分裂した。甲信越以北を統治する東日本福祉統治連合(略称「東日本」)、東海地方以南を支配する西日本共和国(略称「西日本」)の二国に。


 東日本の片田舎に生まれた俺は、国民総徴兵に備えて小学校時代から行われている人型機動兵器の操縦訓練が好きで、それを動かせる軍人の道を選んだ。戦争が起こるとも知らずに。


 ◆


 笛吹川は、四年と続く戦争の最前線だ。

 俺は、その前線を通り越して敵陣営の空を飛んでいる。与えられた命令を遂行するためだ。


『今日はやけに静かですなあ! 古谷愁中尉殿ォ』


 限定通信から流れてくる鈴木の軽口。作戦が始まるという時でも鈴木は呑気だ。緊張を感じさせない。


「うっせえな! 任務に集中してくれ。鈴木尊少尉」


 少尉——階級呼び。そこで再感する自分の立ち位置。

 東日本福祉統治連合防衛軍特殊機動部隊第一小隊。

 隊長、田中圭介大尉。

 副長、古谷愁中尉。俺。

 隊員、鈴木尊少尉。

 それが俺たちの所属部隊。立派な名前をつけられているが、大した部隊ではない。少数先鋭で敵陣営へ突っ込まされる。作戦が失敗すれば、囮と化すこと間違いなし。


『へいへーい。ったく……その真面目さのせいで、彼女も作れないんじゃねえかぁ? まだ俺たち十九なんだし、気楽にいこうぜ。なあ?』

「やかましいわ! そもそも俺もお前も彼女いない歴=年齢だろーが‼︎」


 こいつ、反省してないな。


『隊長。しかし、本当に甲府にいるのでしょうかね? 最前線の一個師団を全滅させたバケモノみたいな奴』


 こいつ、話題を変えやがった。

 しかし、これは俺に対する言葉ではない。田中隊長に対する問いだ。そして、それは今回の作戦の目標に関するトピックスである。

 そうだ。この部隊の主な任務は、敵の機密事項や特殊事項を破壊すること。


『西で動いている仲間を信じろ。ヤツはそこにいるよ、絶対。それに、この作戦は山梨自治区を取り戻す鍵になる』

『そうですね』


 西日本で活動しているスパイによって、先日一個師団を壊滅させた機体の格納庫が特定された。それが甲府某所。それを破壊するのが今回の任務である。いつもと変わらない。敵の秘密事項を奇襲する系の作戦だ。

 そう言い聞かせて、震える体を抑えつけた。


『そろそろだ。降りるぞ』


 俺も鈴木も隊長の言葉に「了解」と呟く。


 我々三機は、甲府市街地を見渡せる愛宕山に足を据えた。

 それに合わせて、木々が揺れる。各所カメラに接触した落ち葉。それがコクピットのスクリーンに次々と映し出される。


『作戦開始』


 隊長の一言で全てが始まる。いや、始まってしまった。

 息を吸う音が大きくなる。唾を飲み込む音が自分でも聞こえてきた。

 ヘルメットの位置ずれを直して心を落ち着ける。


『鈴木少尉、長距離攻撃を始めよ。古谷中尉は周辺警戒を怠るな』

『了解。ミサイル用意』


 鈴木は長距離担当だ。機体はクレーン車のように固定されている。


『ターゲット検索、確認、ロックオン。撃ちます。三、二、一』


 幾十もの誘導弾が発射され、流れ星の尾のような硝煙の一筋を作り出しては、一点に集まるそれ。

 そして、格納庫周辺の火の海を見れば、任務は終了だ。


『作戦完了。よし、帰るぞ』


 良かった、と思うにはまだ早い。帰るまでが任務だ。

 周辺警戒は俺の仕事。センサー等も見ながら異常がないことを確認。


「オールグリーン。発信しましょう」


 隊長機の水素エンジンが動きだし、空へ昇っていく。

 これで部隊全機が発進できれば、ひと段落だ。あとは全速力で帰るのみ。


 しかし、その時……聞こえてきた金属が風を切る音とともに——


『あああああ‼︎』


 目を上げる隙も許されず、頭上から隊長機が堕ちてきた。


「は?」


 頭よりも先に体が反応し、隊長機をかわす。


「クッソ、どうなってやがる……」


 どうしてこうなった?

 そう問いかけても答える奴はいない。


 隊長機は、数本ものランスでめった刺しにされていた。傷の隙間にはトマトジュースが見える。


『気をとられるなァ!』


 鈴木の叫び声と同時に、横から銃弾。


「すまない鈴木!」

『援護なんて当たり前だろ!』


 ほら、逃げろと叫ぶ鈴木。スナイパーライフルの射線上に敵はいない。


『当たれ、当たらんか‼︎』


 早すぎる!

 援護しようにも、敵の動きが早すぎて目視できない。見えるのは残像。敵はシュッ、シュッと姿が定まる前に動いていく。


「どうすればいい!」


 鈴木は機体の前部のスラスターを全開にしているが、確実に敵の残像は近づいている。間違いなく追いつかれる!

 ああ、焦って見ているだけの自分が腹立たしい!

 スロットルペダルに足を乗せて、がむしゃらに蹴る。


「頼む、間に合ってくれ‼︎」


 しかし——


『来ないで、ああ!』


 時すでに遅し。

 鈴木の機体はヤツのクローに引き裂かれ、隊長機と同じように……


「クソ、鈴木……なんで」


 そして、ヤツが振り向いた。


 よく見れば、ヤツは所々に青色を光らせている。それは教科書で見た無人————


NEXT……036 - 終末世界の青写真

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885477703

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