124 - 新入社員は読まないでください

 白いシャツ、黒いスーツ、革靴もしくはハイヒール。

 そこだけモノクロの世界に変わったかのような不気味な集団が、列を成して歩いていく。

 視界の隅にうつった灰色を、校庭に植えてある木の緑がすぐに覆い隠した。

 まるで見るなと言っているみたいに。

 教室の正面には、大きな文字で発表のテーマが書かれている。

『将来の夢や目標』

 馬鹿馬鹿しい、と投げ捨てたプリントには何も書いていなくて、先生はそういう時に限って、いや、見せしめのように、俺を当てた。

「はーい。俺の将来の夢は、個性の無いロボットになって社会の歯車として働くことです」

 これでいいっすか? と声に出さずに言ったとき、先生はその場でフリーズしていた。

「ああ、すみません。センセイはとっくにそうでしたね」


 そんな事を言っていた俺がこうして働いているなんて嘘みたいだ。

 たいして頭はよくないが、体力ならそこそこある俺が就いたのは介護職。

 生身の人間が、何をしでかすか分からない認知症患者の相手をしていたら身体がいくつあっても足りない。殴られて反撃したらクビになるし。

 というわけで、もっぱら現場には介護用ロボットが向かった。

 意味の通っていない言葉の羅列、ベルトコンベヤーで運ばれる老人。

 アニマルセラピーのために使われる動物はすべて作り物、らしい。

 俺の目にはどこが違うのかよく分からなくて、すり寄ってくる猫を撫でた。


「101号室の方を浴室に。3階に問診の先生がいらっしゃいます」

「はーい、了解」

 機械音声との会話は楽だ。

 聞き取りやすくて、無駄な話も無いから。

「世の中機械ばっかりだったら楽だろうになあ」

「そうですか?」

「人間の方がよっぽど怖いよ」

「まあまあ、そうおっしゃらずに。ああ、3階での問診に貴方の名前もありますよ」

「ん、了解」


「ようこそ、介護用ロボットN-2031-8。君の意見が聞きたい」


 介護にほとんど生身の人間が携わらなくなった時、一部で次のような反対意見が出た。

「人のあたたかさがない介護になってしまう」

 限界点まで達していた介護現場と研究者からの答えがこれだった。

 では、介護用ロボットに人間の記憶を植え付けて感情を豊かにすることで、人のあたたかさのある介護を実現します。


「君は、自分が人にあたたかく接していたと思うかい?」

「俺は――」



 白いシャツ、黒いスーツ、革靴もしくはハイヒール。

 就職活動中なのか、入学式や入社式なのか。

 仕事が出来そうな人ばかりで、俺はその集団を思わず目で追った。

 途中で、校庭に植えてある木がそれを隠してしまう。

 勉強に集中しろって、誰かから言われたみたいだ。

 教室の正面には、大きな文字で発表のテーマが書かれている。

『将来の夢や目標』

 先生にあててもらって、俺はみんなの前で発表した。

「はーい。俺の将来の夢は、社会の一員として、みんなの助けになる仕事をすることです!」



 介護用ロボットから負の感情を消去し、記憶の書き換えを行うプログラムが実行されたらしい。

 誤作動で何か、事故が起こらないといいな。


 そう祈る彼の勤務室内から、機械の猫が出ていった。


NEXT……125 - レースマシン・ガール

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885554390

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