053 - 気病み


 私はあの子と向かい合って、喫茶店でパフェを突付いていた。

 生クリームは舌が痺れるほど甘くて、簡単に幸せになれる。

「ふぅ……」

 あの子が憂鬱そうに、スプーンでパフェの上に乗ったチェリーを突付いていた。

「どうかした?」

「美味しいんだけど、これも幻に過ぎない……そんな事を思って」

「そんな事を気にしてると、疲れるよ……」

「かもね……あ……」

 彼女が、手を止める。理由は分かっている。私にも、同じものが来たからだ。

 直接の情報送信。内容は、現実でエネルギープラントに暴走機ジェノサイダーが接近しているというもの。その迎撃が、私達にやってきた依頼だ。

「行こっか」

「そうだね」

 私達は頷きあうと、戦闘用人格ウォーリアペルソナ起動ターン。喫茶店から離席ログアウトした。あの子の姿が、足先から解けて粒子に見える数列マトリクスとして消えていく。

 ――私達が常に生活しているここは、仮想空間サイバースペースの中。現実に肉体を持った人間は、もう存在していない。人類は今、情報としてサーバー内の仮想空間サイバースペースでのみ生活している。

 意識消失ブラックアウト


 再起動リブート

 眼前に広がる光景は、大空のそれ。私達は意識イメージを大型戦闘義体サイボット載せマウントして、出撃したのだ。

 義体サイボットを用いた傭兵業マーセナリが、

 輸送機にぶら下げられて、今はエネルギープラント上空。荒野の中に存在するミラーボールのようなそれが、私達の住居へと送る電力を生み出している太陽熱エネルギープラント。

 その周りには、四足で無頭の暴走機ジェノサイダーが多数。

「確かにうじゃうじゃいる」

 通信コール。私と同じく義体サイボット意識イメージ載せマウントした彼女からのものだ。彼女も、近くを飛んでいる事が義体サイボットのレーダーで良く分かる。

「やることは一緒、でしょ」

「うん。私から行くね」

 彼女が先に、輸送機から義体サイボットを切り離す。

 私と彼女の義体サイボットは同型の改造機カスタム。私の義体サイボット射撃戦用ガンナー鹿角兎ジャッカロープ。彼女の義体サイボット白兵戦用ヴァンガード一角兎アルミラージ

 彼女が暴走機ジェノサイダーの中心に切り込むのを確認して、私も義体サイボットを輸送機から切り離す。

 落下地点は、一角兎アルミラージから離れた位置。一角兎アルミラージは両腕に搭載マウントされたブレードを展開。舞い踊るように、暴走機ジェノサイダー斬り伏せるスライス

 さぁ、私も続こう。

 両腕下腕部に装備マウントした連装機関砲ガトリングカノンを、暴走機ジェノサイダーの群れに向ける。

 義体サイボット操作コントロールに、操縦技術は必要ない。義体サイボットとは文字通り私達の身体ボディだからだ。大型の戦闘用重機であり、義手義足のような身体の拡張オーグメントでもある。

 目標捕捉ターゲット・ロックオン

 連装機関砲ガトリングカノン発射ファイア

 轟音と振動と共に、私=義体サイボットの両腕が砲弾を雨礫つぶてのように吐き出し始める。

 連射/連射/連射ダダダダダダダダダダ――

 砲弾が暴走機ジェノサイダー装甲アーマー噛み千切りバイト屑鉄の塊ジャンクへと変質トランスさせていく。

 ――暴走機ジェノサイダーは、旧時代――人間が物理的な肉体ウェットボディを持っていた時代の遺物レガシーだ。移動生産プラントから排出され、人工知能AIで自律行動する。

 それが兵器だったのか、作業用重機だったのか、今となっては誰も知らない。

 唯一つ確かなのは、彼等は私達には制御不能アンコントローラブルで、邪魔な存在だということだ。

「……時々、分からなくなる」

「何が?」

 彼女に向かって、私は言う。

 会話トーク戦闘バトルは同時。通信しながら、彼女はブレード暴走機ジェノサイダー斬り刻むスライス/私は一角兎アルミラージに襲い掛かろうとする暴走機ジェノサイダーに砲弾を撃ち込む。

 レーダー上の敵機=見る間に減少。

「私達と、これの何が違うのか」

 言って、彼女=一角兎アルミラージブレードで真っ二つになった暴走機ジェノサイダーを指す。

「何処も同じ所なんて、無いでしょ」。

 言いながら、脚部履帯キャタピラー接地/起動スタートアップ。向きを変えず後退バック標的ターゲットを私=鹿角兎ジャッカロープに変えた暴走機ジェノサイダーから、距離を取る。巻き上がる砂塵。同時に砲撃ファイア。両腕の連装機関砲ガトリングカノンが、暴走機ジェノサイダー塵芥ゴミへと変えていく。

機械の身体メタルボディに、プログラムが走って動いてる。そういう意味で、今の私とこれ、一緒でしょう?」

 両腕を脇に広げ、左右から迫る暴走機ジェノサイダー突き刺すピアース一角兎アルミラージ。同時に迫る正面の暴走機ジェノサイダー一角兎アルミラージは脚部からもブレード展開オープン、その場で蜻蛉を切って、ブレード暴走機ジェノサイダーを蹴り上げる。

 中央部から真っ二つにされた暴走機ジェノサイダーは左右に別れながら走って、直ぐに停止。

「私達は人間で、こいつらは人工知能AI。全然違うって」

「本当に? 私達は人間だったの?」

 残り少ない敵機を、私達は蹴散らしていく。

 一角兎アルミラージの四方から迫る敵機=両腕のブレードを大きく広げて、独楽のように回転スピンして迎撃。

 鹿角兎ジャッカロープ跳躍ジャンプ。スラスターノズル起動スタートアップ。僅かな時間の滞空。上空から残った目標を全捕捉ターゲットマルチロック。両腕部連装機関砲ガトリングカノン/両肩部側面熱量砲プラズマブラスター/背部ミサイルランチャー=砲撃開始フルファイア。砲弾とミサイルが雨霰あられ降り注ぐフォールダウン

「それって、どういう事?」

 砲撃しながら、私は彼女に問う。振動と轟音が喧しい。

「身体があった時の記憶って、有る? 人間なら普通居るはずの、家族の思い出は有る? おかしいとは思わない?」

「それは……」

 私は口籠りながら着地。

 彼女は最後の一機が伸ばしてきた武装腕を月面宙返りムーンサルトで回避。落下しながら脚部のブレードで両断する。

「私達、本当は人工知能AIなんじゃないの? 初めからプログラムとして、数列マトリクスの海から生み出された存在なんじゃないの……?」

 ねぇ、答えてよ……そう言う彼女に、私は返答できなかった。


 戦闘用人格起動終了ウォーリアペルソナ・ターンオフ

 それは誰にも証明できない、悪魔の証明だ。

 恐らくは、誰にも真実を断言することなんて、出来はしない。

 けれども、私は自分達が人間なのだろうと、そう思わざるを得ない。

 彼女のように、自らの存在に疑問を持ち、悩み、病む。

 精神の病に墜ちていくということこそが、人間性の証明なのではないかと、そう思えてしまうからだ。

 機械はきっと、悩まない。

 でも、そんな事は、きっと彼女には通じない。彼女の悩み、彼女の病は、きっとどうにかして、自分自身で解決するしか無いのだろう。

「帰って、パフェでも食べよ」

 私に言えるのは、こんな事ぐらいだった。


NEXT……054 - 僕の友達はイエスマン

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885491207

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