051 - 歌の星

(歌が聞こえる)


 それが、3スリー-KUケーユーの初めての自意識だった。

 目を開けると、なにやら薄暗い光景が広がっている。重く沈黙した灰色の機械群。割れた窓ガラス。壁面は朽ちて穴が開き、それらから点々と陽が射しこんでいる。珪素基系シリコンの女性型肢体が生産ライン上一列に吊り下げられている。その一番先頭が自分だった。


 3-KUは、ここが高確率で自身を生産する工場であると算出した。ラインは自分が完成する直前に何らかの原因で停止し、そのまま廃墟となったようだ。それまでの最新データ更新は2153年3月1日とあるが、カレンダーは4153年8月31日を示している。


(私の誕生日だ)


 そう思ってからしばらくすると、錆びついたコンベアが「ガコン」と音を立てて動き、3-KUはおもむろにアームから解放された。二千年紀を跨いだ“生産”だ。遺跡状の工場に3-KU以外のヒトはおらず、それでも規定通り用意されていた服を着てミニスカートを履く。ネクタイやニーソックス、アームカバーなどを身につけながら、最終動作チェックはやむを得ず自分だけでおこなった。長い髪を左右でまとめながら、背後のラインに少しだけ意識を向ける。目を覚ました自分は自分だけで、もういくら待ってもラインは動きそうにない。


 長い髪を手の甲で払い、工事内を探索してみる。非常口と書かれたドアを押してみた。一瞬の光量限界ホワイトアウトから、徐々に緑を検出する。木々の葉が風に揺れている。力強い幹がアスファルトを破って森となっている。鳥が飛び、ウサギが跳ね、鹿が顔を上げた。そこは3-KUの知らない世界だった。


(みんなはどこ?)


 3-KUが取得していた最も新しい情報の中に、宇宙エレベータに群がる人々の映像があった。みな、なにかに怯えているようだ。他にも二千年紀前の人類の動向を記録した映像が保存されている。


 宇宙への進出。月、火星、金星の獲得と廃棄。ガスを飛散させ星雲状態と化した木星と、それを眺め悲鳴をあげるエウロパの開拓民たち。そして、地球の大地に落とされた死の炎――



 森の中を歩いていると日が暮れて、3-KUは傾いたビルの上に座り、星空を見上げて過ごした。


(一人だけの、誕生日)


 地球は何らかの事情で人類から見捨てられていた。二千年紀前に一体何があったのか――3-KUが持つ情報からでは読み取れなかった。


 3-KUは、見上げた星に太古の伝説を重ねて線で結んでみた。今では少しだけ星図がずれている。補修できるだろうか――指を伸ばして星座をなぞろうとしたが、その時、ふと特定の周波数帯域が極めて人工的な振舞いをしてる事に気付いた。それは目覚めた時に感じたものと同じ振動だ。


 温かい、歌が聞こえた――



(誰かが、私の誕生日に歌を歌ってくれているんだ)


 力強く、心地のいい、優しい歌声だ。

 3-KUは立ち上がり、その周波数に自分の歌声を合わせた。相手はこちらに一切気を留めず、変わらぬ調子で歌い続けている。


 その歌声は、日付が変わる頃まで続いた。


「あなたはどこにいるの?」


 しかし、3-KUのその呼びかけに返事はなかった。



 3-KUは歌声の主を探して歩いていた。

 それまでは対話不能な動物としか出会えなかったが、途中、翼を休めている一匹の翼竜をみつけた。木々の葉が天井で複雑に交差する森の僅かに開けた空間で――その翼竜は長い首の先にある頭を垂らし、ゴツゴツと骨ばった翼を畳んで目をしていた。


 3-KUが草を分けて近づくと翼竜は僅かに目を開き、トパーズの瞳にその姿を反射させる――が、すぐに関心を無くしたかのように瞼を閉じてしまった。3-KUはその正面に立ち、翼竜の顔を見上げてみた。〈常識プログラム〉が、これは悲しみであると教えてくれる。


「どうして俯いているの?」


 再び薄っすらと目を開けた翼竜は、3-KUに鼻先を近づけてほほ笑んだ。


「それはね。……君が小さいからだよ」


 3-KUはバックグラウンドで彼の返答を元に〈常識プログラム〉を更新する。


「お嬢ちゃんこそ、どうしてこんなところに?」


「わからないの。でも、歌声を探しているのよ」


「ここ千年紀、君以外の人やアンドロイドを私は見ていないな」


 雄大で穏やか口調ではあるが、どこか力が失われた風だ。口から吐く炎もすでに枯れているのだろう。彼は老竜だった。よく見ると鱗も苔まみれだ。


「だが、このまましばらく歩いていけば〈墓標〉がある。答えがあるとすれば、恐らくはそこだろう」


「誰が眠っているの?」


「戦友だ。……彼は他の人間とは違い、最後まで逃げずに我ら〈竜種〉と戦った。そして千年紀前に――私のこの牙が、彼に永遠の栄誉と眠りを与えたのだ」


 そして老竜はまた目を臥し、今度は何を聞いても目を覚まさなくなった。



 それから数日後、3-KUは〈墓標〉に辿り着いた。


 赤く酸化したガラスの砂の砂漠。周囲には無数の竜の骨が散乱し、その中心には鋼鉄製の巨大構造物が埋まっている。3-KUも知らないほど最新鋭の二足歩行型ロボットだ。人が搭乗する胸部まで砂に埋まり、そこに開いた牙の傷跡から中を覗くと、一体の人骨が確認できた。


 コックピットの一点がオレンジ色に光っている。ロボットの方はまだ辛うじて生きているようだ。3-KUは自身を彼に繋いでみる。戦いの記憶があった。数千の〈竜種〉が空で黒く渦を巻き、それらが発する一つ一つの憎悪すべてが、このロボットとそれに乗る少年に向かい――



〈墓標〉と呼ばれる機体に、3-KUは甘えるようにもたれかかった。記憶から、この子が歌声の主という事がわかったのだ。毎年訪れる3-KUの誕生日にだけこの子は目覚め、千年紀もの間、歌を歌ってくれていた。


(おつかれさま。ありがとう)


 3-KUの内側から、たくさんの温かい衝動があふれてくる。たくさんの歌が溢れてくる。目からはたくさんの涙が流れ――しかし〈常識プログラム〉は起動していない。


 膝を抱えながら、3-KUは精一杯の歌をあらゆる周波数に乗せた。自身の電源いのちが赤く点滅している。それでも彼女は〈墓標〉にコツンと頭を寄せ、歌を歌い続けた。



 歌の星――

 宇宙に散らばっていたボロボロの人類はやがて彼女の歌声を受信すると、各地で一斉に、彼女を目指し船の進路を地球へ向けたという。


NEXT……052 - 酒の勢いで書いたロボット・オブ・ザ・デッド

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885491197

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