112 - Milliaと幾万の記録

 今、僕ら2人の発明は完成をみようとしている。これから行われる実験さえ成功すれば、ものの1分でロボットに心を宿せると証明出来る。

 人工心電磁波技術Sympathy_Pulse_Technology、略称は『心波しんぱ技術』。金属製の筐体に特殊な電磁波を浴びせるだけで、コンピュータなどの制御装置が無いロボットに人の思考回路を記録させるという魔法のような技術だ。その仕組みはまだ僕と一哉かずやだけの秘密だけれど、人工知能がもてはやされている現代において、これが実現可能と分かれば世間が騒ぐのは間違いない。


陽一よういち、『心波』を放つ役目は譲ってやろう。発案者は君だからな」

「本当に? ありがとう。なんか緊張するな」


 僕は一哉に軽く笑い返してから、目の前にある実験用テーブルの上で横たわる少女のもとへ歩み寄る。それ、、は、付き合いの長い製造企業に造らせた『Milliaミリア』という女性型人造人間ガイノイドだ。つややかな肌、青い両目、肩まで伸びた赤髪、黒いワンピース。一目見ただけで機械とは分からないほどに再現度が高い。

 ごくりと息を呑み、正面へ光線銃を差し向ける。一哉の視線を後ろから感じながら、僕は引き金を引いた。閃光がほとばしり、辺りが沈黙し──おそらく1分後。ぱちりと、Milliaはまばたきをした。

 思わず胸が高鳴る。このロボットは今、自分の意思で、、、、、、体を動かしたのだ。今の動きだけではまだ目の錯覚という疑いがあるが、さらに歩くなり話すなりしてくれれば、実験は紛れもなく「成功」といえる──!

 と、思った矢先。



「「「「「おはよーございまーす!」」」」」


「オハヨーオハヨー!」 「おはようさん!」

「おっはよー!」 「ヤァ」 「お早う御座います」

「ぐっもーにん!」 「……おはよう」 「オッハー!!」



 目から、、、耳から、、、腕から、、、胸から、、、足から、、、関節から、、、、

 Milliaの体中から、、、、、、金属音が響いた。

 呆気に取られる僕。「えっ」と声を漏らす一哉。そんな僕らをよそに、Milliaは手を付いてゆっくりとテーブルから降りた。2歩、3歩と、ぎこちなく足を動かした後、微笑む顔をまっすぐに向けて口を開く。内蔵されたスピーカーから、美しい音声が流れた。


「はじめまして、先生」


 ──実験は、成功とは言えない。電磁波が正常に作用しなかったわけでも、故障したわけでもない。むしろ上手くいきすぎた、、、、、、、、のだ。

 ロボットの体は、たった1つのかたまりから成るのではない。手足を動かすための、知覚を働かせるための、それらを繋ぎ止めるための、およそ幾万もの部品が集約して成り立っている。そのほとんどは金属製であり、電気を通しやすい。Milliaもその例外ではないため、放射した『心波』は金属の性質に助けられながら、体中の各部品へ次々と行き渡った。つまり、


 Milliaに取り付く、、、、、金属部品、、、、

 その1つ1つが、、、、、、、

 それぞれ心を持ち始めたのだ、、、、、、、、、、、、、




「まさかワタシ達に心を宿すなんて、物好きネ?」

「いえ、恐らく事故でしょう。お二方の顔にそう書いてあります」

「やめろお前ら、言わなくていい」


 右目から呆れたような声が、首から冷静な声が、右腕から咎める声が、


「ごめんミリアちゃん。ごめんだけど痛い。あんまり長いこと立たないで」

「うん……悪いがミリア、一旦座ってほしい」

「やめて下さいよお、そしたらぼくが痛いじゃないですかあ」

「やめろ、痛いのはミリアも同じことだ」


 右足と左足と腰から不満げな声が、右腕から咎める声が、


「ネーみりあチャン」

「ボク達もお名前ほしい。みりあばっかりズルイ」

「ええ、じゃあ貴方は……」

「ミリア! いちいち気に掛けなくていい!」


 右手の小指と中指から駄々をこねる声が、スピーカーから優しい声が、右腕から怒鳴る声が、それぞれ聞こえた。

 開いた口が塞がらない。一体どこまでを、、、、、Milliaと呼べばいいのか分からない。おそらくはスピーカーから発声しているのがMilliaなのだろうけれど、良くも悪くも個性的な心の数々に囲まれて、その存在は埋もれてしまっている。


「ネー、あの人こわい」


 僕の表情が恐ろしく見えたのか、右手の小指が先ほどと同じ音量で訴える。本体はというと申し訳無さそうに眉を下げて、遂にそっぽを向いてしまった。

 僕らは、Milliaをどうすればいいのだろう。彼女が失敗作、、、であることはもう明らかだけれど、「解体しよう」なんて軽率な考えは人としてのさがが許さない。かといって今のままにして、苦労を掛けさせるのもお互いのためにならない。心を持たせてしまった責任を、僕らはどう始末すればいいのだろう。

 ──と、僕が呆然と立ち尽くしていると、一哉が颯爽と横を通りすぎた。そして透かさず右肘を伸ばすと、てのひらをMilliaへと差し出した。


「なんだお前、ミリアに何するつもりだ」

「これは『握手あくしゅ』という挨拶さ。人と人は右手を握りあうことで、『仲良くしよう』という挨拶を交わす。Milliaくんもやってみないか」


 Milliaの右腕は警戒心をあらわにし、背中の陰に隠れる。青い両目は見開かれ、口元はつややかな左手で覆われる。それでも一哉は引き下がらず、普段通りのキザな口調で語りかけた。

 それを見て、気付いた。部品達かれらは心を持ったとはいえ、まだ生まれたばかり、、、、、、、なのだと。

 僕は意を決して一哉の横に立ち、同じく右手を突き出した。とはいえ生みの親の1人として罪悪感は感じていたから、「僕も君達と仲良くなりたい」という柄にもない台詞せりふは尻すぼみになったけれど。

 しばらく黙り込んだ末、Milliaは驚いたような表情を崩して、ぶらんと垂れ下がった右腕を前へ出した。


「みりあチャン、握られるなんて痛そう」

「でもオモシロソウ。ボク握手してみたい」

「そもそも、それくらい言葉だけでいいだろ。ミリアに触れる必要がどこにある」

「あら、どうして貴方が照れているの?」

「――――ッ」


 幾万の科学、幾万の過程、幾万の心。それらを集約して、彼女は『Millia』と呼べるのかもしれない。



 柔らかな笑みを浮かべながら、Milliaはそっと僕の手を握った。はじめに挨拶を交わす相手には、僕の方を選んでくれた。


「これから宜しくお願いします、先生」


 Milliaの手は暖かかった。やはり再現度の高い人型ロボットだと、僕は改めて感心した。


NEXT……113 - ロボティーの陰謀

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885538701

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