112 - Milliaと幾万の記録
今、僕ら2人の発明は完成をみようとしている。これから行われる実験さえ成功すれば、ものの1分でロボットに心を宿せると証明出来る。
「
「本当に? ありがとう。なんか緊張するな」
僕は一哉に軽く笑い返してから、目の前にある実験用テーブルの上で横たわる少女のもとへ歩み寄る。
ごくりと息を呑み、正面へ光線銃を差し向ける。一哉の視線を後ろから感じながら、僕は引き金を引いた。閃光がほとばしり、辺りが沈黙し──おそらく1分後。ぱちりと、Milliaは
思わず胸が高鳴る。このロボットは今、
と、思った矢先。
「「「「「おはよーございまーす!」」」」」
「オハヨーオハヨー!」 「おはようさん!」
「おっはよー!」 「ヤァ」 「お早う御座います」
「ぐっもーにん!」 「……おはよう」 「オッハー!!」
呆気に取られる僕。「えっ」と声を漏らす一哉。そんな僕らをよそに、Milliaは手を付いてゆっくりとテーブルから降りた。2歩、3歩と、ぎこちなく足を動かした後、微笑む顔をまっすぐに向けて口を開く。内蔵されたスピーカーから、美しい音声が流れた。
「はじめまして、先生」
──実験は、成功とは言えない。電磁波が正常に作用しなかったわけでも、故障したわけでもない。むしろ
ロボットの体は、たった1つの
「まさかワタシ達に心を宿すなんて、物好きネ?」
「いえ、恐らく事故でしょう。お二方の顔にそう書いてあります」
「やめろお前ら、言わなくていい」
右目から呆れたような声が、首から冷静な声が、右腕から咎める声が、
「ごめんミリアちゃん。ごめんだけど痛い。あんまり長いこと立たないで」
「うん……悪いがミリア、一旦座ってほしい」
「やめて下さいよお、そしたらぼくが痛いじゃないですかあ」
「やめろ、痛いのはミリアも同じことだ」
右足と左足と腰から不満げな声が、右腕から咎める声が、
「ネーみりあチャン」
「ボク達もお名前ほしい。みりあばっかりズルイ」
「ええ、じゃあ貴方は……」
「ミリア! いちいち気に掛けなくていい!」
右手の小指と中指から駄々をこねる声が、スピーカーから優しい声が、右腕から怒鳴る声が、それぞれ聞こえた。
開いた口が塞がらない。一体
「ネー、あの人こわい」
僕の表情が恐ろしく見えたのか、右手の小指が先ほどと同じ音量で訴える。本体はというと申し訳無さそうに眉を下げて、遂にそっぽを向いてしまった。
僕らは、Milliaをどうすればいいのだろう。彼女が
──と、僕が呆然と立ち尽くしていると、一哉が颯爽と横を通りすぎた。そして透かさず右肘を伸ばすと、
「なんだお前、ミリアに何するつもりだ」
「これは『
Milliaの右腕は警戒心をあらわにし、背中の陰に隠れる。青い両目は見開かれ、口元はつややかな左手で覆われる。それでも一哉は引き下がらず、普段通りのキザな口調で語りかけた。
それを見て、気付いた。
僕は意を決して一哉の横に立ち、同じく右手を突き出した。とはいえ生みの親の1人として罪悪感は感じていたから、「僕も君達と仲良くなりたい」という柄にもない
しばらく黙り込んだ末、Milliaは驚いたような表情を崩して、ぶらんと垂れ下がった右腕を前へ出した。
「みりあチャン、握られるなんて痛そう」
「でもオモシロソウ。ボク握手してみたい」
「そもそも、それくらい言葉だけでいいだろ。ミリアに触れる必要がどこにある」
「あら、どうして貴方が照れているの?」
「――――ッ」
幾万の科学、幾万の過程、幾万の心。それらを集約して、彼女は『Millia』と呼べるのかもしれない。
柔らかな笑みを浮かべながら、Milliaはそっと僕の手を握った。はじめに挨拶を交わす相手には、僕の方を選んでくれた。
「これから宜しくお願いします、先生」
Milliaの手は暖かかった。やはり再現度の高い人型ロボットだと、僕は改めて感心した。
NEXT……113 - ロボティーの陰謀
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885538701
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