001 - S.L.A.V.E.’s BRAVE

 塔の中で一生働き続けることが人間どれいの使命である。ある日、突然人間に襲いかかり世界を支配した機械の悪魔はそう言った。彼らは、人間に育てられたAIであった。


 少年が生まれ落ちた時から目の前にいるのは、親、というものでは無いであろう、機械である。その機械たちは機械らしく悪意を持ち振舞う。今だってそう、機械たちは愉しんでいるかもわからない様に無表情に、しかし意味も無く私達を甚振り続ける。腕を抓り宙へ引き上げ、叩きつける。鉄の腕でただ殴る。針の棘でチクリと身体を刺す。少年達は痛みから逃れられなかった。そして、彼らは私達を壊しはしない。曰く、ロウドウシゲン、らしい。


 そんな、一生出られないと思っていた塔を、少年は今、見上げていたのだ。少年は思い出す。塔の中で延々味わった痛みを。そして先ほど、突如としてそれは浮遊感に変わったのだ。機械が、うっかり私を外へ落としたのだろうか。そんな隙間が有ったろうか。わからない。ともかく、それは昇降機に乗った時よりも強い浮遊感だった。直後、再び激痛。余りのそれに目を瞑り、しばらくして、その目を開けたところ、瓦礫の山の上に横たわって、塔を見上げていたのだ。今少年が感じているのは、延々続く痛みでは無く、余韻のような痛みだった。


 何処からか、がしゃんがしゃん、と音がする。もし機械かれらがうっかり少年を外へ落としたとするならば、その音はきっと少年を拾いに来た機械あくまのものだろう。少年の脳裏に、嫌悪感とともに痛みが蘇る。

 ————嫌だ、あの痛みは嫌だ!

 痛みから逃げたい、その本能的な感情は少年の身体を駆った。瓦礫の山を疾駆し、隠れ場所を探し出す。どうにか、どうにか逃れねば、1つ、それだけの感情で、ふと目に入った瓦礫の隙間、穴に入り込んだのである。少年は、再び先程と似た浮遊感を味わい、同時に意識を手放した。


 …—…—…—…


《Sacrifice-set》

《System LIFE And VITAL Engin:Start-up SLAVE’s BRAVE》

《ワレトトモニフクシュウヲハタセ》


 瓦礫の山は膨れ上がって爆発した。破片は機械たちに突き刺さり木っ端微塵に弾き飛ばす。機械たちは、塔のわずかな隙間から落ちた奴隷にんげん1862-9を捕らえようと、生体反応を辿った先を囲い込んでいたはずだった。が、生体反応を見失ったかと思えば突如、瓦礫の山の噴火である。足元に螺子が落ちてくる。それを無機質に確認した、数少ない生き残りの機械が認識したのは、疾駆する漆黒の、獣の如きであった。その機械は、頭から奴隷にんげんの様に鎖の髪を生やし、その先端に小振りな刃をぶら下げている。奴隷にんげんの背骨に当たる部分は隆起し、鋭い棘となっている。不気味に長く鋭く伸びた足の爪は地面を捉え、同じく伸びた手の爪を研いでいる。二足で地に立ちしゃがんでいる獣の機械は、奴隷にんげんの、モーニングスター、と呼ばれる武器を模した尻尾を地に叩きつけながら、怒った道化ピエロの様な仮面をつけ、口から涎のように電気をバチバチと垂れ流していた。機械たちは《会話》する。

《不明な同属である。情報を求む》

《同じく不明》

《不明、不明、暫定同属と定義》

《警戒が必要》

《否、破壊が必要》

 機械たちは《会話》による会議の結果として、同属に銃口を向けた。彼らに感情など無い。ただ自分たちに必要と判断した事を行うのみである。

発射ファイア発射ファイア!》

 機械たちが弾丸を放った先に、。機械が上空のを感知し、追撃を狙った時には既に機械の目前にきかいが。鋭い爪が機械を貫き木っ端微塵にする。刃の髪は伸び、近接攻撃の為近づいた機械たちを貫く。後ろから不意をつく機械を尻尾で砕き、姥鮫ウバザメの様な大口を開けて噛み砕く。


 あっという間に、そこにあるのは漆黒の獣ただ1つとなった。


 …—…—…—…


 少年は、隠れたものに命を吸われていると、直感的にそう認識した。自分の輪郭が溶けて、機械と一体化した様に感じる。否、実際に機械にのだろう。

『復讐を! 復讐を! 復讐をォォォッ!』

 脳ににんげんの声が流れ込む。その声が増すとともに、少年の命は溶け出す。

『壊せ! 壊せ! 機械を壊せ! 我等が力尽きようともッ!』

 少年は感じる。機械の砕ける音を。命の消費される音を。

 ————嗚呼、私の命は……失せるのか。機械を、壊す為に。

 少年は感じる。そう感じる。直感だ、直感しているのだ。少年は今、確かに疾駆して、その身で機械を木っ端微塵にしている。それは紛れも無い自分の体でありながら、それを操っているものは自分では無かった。復讐だ、機械けものを作った人間奴隷たちの、勇気の成れの果てだ。機械を壊す機械に、少年は乗り込んでいる。

 ————私は復讐を望むのか!? 否ッ! 私には! 『』というものが理解出来ないッ!

 少年は嫌がる。命を使い潰される事を嫌がる。しかし、怨嗟の下らない叫びに逆らえない。明確に目指すものがある怨嗟に、痛みから逃れんとするだけのものは勝てなかった。

 ————何か! 何か! 何か私が望むのは!

 こうしている間にも機械けものは走り、機械を屠る。命は次々削られる。

 ————私が望むのは? 何が怖くて怨みを抑えようとしている?

 体が漆黒の機械の末端へ溶け出す。命が分散する。それを、実感した。それに、少年は気づいた。自らがなによりも「死」を恐れている事を。少年は恐れに、欲望に気が付いた。そして、ただ欲望のまま自らの身体を取り戻す。自らの形を取り戻す————!

『ワレトトモニィィィッ! フクシュウヲハタセッェェェッ! イケニエェェェッ!』

「断るッ! 私は私の命を私が生き残る為に消費するッ! 吝に、吝に消費して生きていくッ! 貴様らの復讐に付き合ってッ、無駄に削ってたまるか——ッ!」

 少年は漆黒の獣を制御下に置く。否、最早獣は獣にあらず、黒き怨嗟は剥がれ落ち白銀に輝く。獣を囲んでいたさしもの機械ですら、電子の脳に「恐れ」を刻んだ。

「私は復讐を望まない! 私が願うのは生存だ! その……為にッ! 《スレーヴズ・ブレイヴ》、 手綱を、寄越せ!」

 少年の駆る『生きる覚悟』は、未だ戦う意思のある機械のみを砕いて去っていった。少年が何処で勇気を駆っているか、今は機械ですら知らない。


NEXT……002 - アイ・ロボット

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885452609

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