002 - アイ・ロボット

 アタシは知っている……アタシだけが知っている。


 学園のプリンス、城島じょうしましょうサマの秘密を!


 翔サマは成績優秀、スポーツ万能のパーフェクトイケメン。その上に生徒会長で、優しく親切、大金持ちで背も高い! 女子なら誰もが憧れるけど、男子の人気だって凄いの……どっちかっていうと受けかな? でも、鬼畜攻きちくせめもいいよね!

 ああっと、いけない……BLのオーラが滲み出ちゃった。


 でも、アタシは知っている。

 毎日ダース単位のラブレターをもらってても、翔サマには恋人がいない理由を。


「さ、少しは外の空気を吸おう。今日は春風が心地良いよ、マリアさん」


 車椅子を押して、翔サマがお屋敷の庭に出てきた。

 この茂みの中から見詰める、翔サマの秘密の日常……え? ストーカー? 失礼ね、毎日監視してるだけよ。それに、愛があるからこれはストーカーじゃないの。そう、言うなれば……運命ディスティニー


 でも、車椅子の上の人物に今、アタシの嫉妬ジェラシーは爆発寸前。

 そう、人物ですらない機械マシーン……法的には物として扱われる恋敵こいがたきだ。


「翔さん、またわたしなんかに構って……」

「はは、どうして? 、なんて言わないで。僕の好きな人をさ」

「……ふふ、本当に困った方。わたし、ロボットなのに」


 そう、ロボットだ。

 いわゆるメイドロボというやつだ。

 それもかなり初期型の。


 今から半世紀程前、多くの技術革新イノベーションがロボットのいる日常を生み出した。彼等彼女等は高度なAIと感情回路を持ち、ロボット三大原則に従って人間のために働いている。


 だが、ここでは逆だ。


 翔サマはあのメイドロボ、マリアのために毎日働いている。

 

 よく晴れた午後、お屋敷の庭園には木漏こもが優しい。アタシもこんな薄暗い中にいないで、翔サマとあの場所で一緒に過ごしたい。


「どう? マリアさん。この間修理した左足は。……ゴメン、もうメーカーにパーツがないから、どうしても応急処置になっちゃって。僕、ぶきっちょだよね」

「とてもいい調子です。これならまた、自分の脚で立って、翔さんのために働けそうですわ。……メイドが御主人様マスターにお世話されてるの、おかしいですもの」

「そんなことないさ。マリアさんはメイドである前に、僕の好きな人。初恋の人で、もう恋人……駄目、かな?」


 曖昧あいまいな、ちょっと困ったような笑みを浮かべるマリア。

 彼女は古いタイプで、人工皮膚だって顔にしか使用されてないタイプだ。それも半分が剥がれて、美貌は骨格フレームが剥き出しになっている。古いSF映画も真っ青なメカバレ状態の顔半分を、放熱ファイバーの銀髪で隠しているのだ。


 彼女は、ミクリニ重工製のMe272B、最初期のロッドだ。

 初稼働ロールアウトは2028年だから、実に40年以上も前の旧型だ。メーカーは製造を終えてるどころか、。当然、パーツのストックなどないの。

 アタシ、調べたわ……いっぱい勉強した。

 憎き恋敵の弱点が知りたいもの。


「あ、お茶を取ってくるね。昔みたいにまた、二人で庭で紅茶を飲もう」


 翔サマはお屋敷の中へと引き返していった。

 車椅子のマリアは、それを笑顔で見送り……翔サマの背中が見えなくなると、車椅子をゆっくり動かす。


 げっ、こっちを見た!? ウソ――


「そこの方、少し……いいですか? 出てきてくださいな」


バレてた……旧式とあなどった。

 当然だがロボットは、人間とは段違いの能力を持っている。


 アタシは観念して立ち上がった。

 マリアは、腹が立つくらいはかなげな微笑ほほえみを投げかけてくる。


「あなた……翔さんと同じ学校の。そう、ならきっと……ねえ、お願いがあるのですけど、聞いてもらえませんか? あなた、翔さんを好いていてくれるんでしょう?」


 ロボットの癖に、人の心にズケズケと!

 そう思ったけど、アタシに選択肢はない。


 そして、マリアは既に選択し終えていた。


「あなた、毎日そうして翔さんを……ありがとうございます。翔さんは、奥様がお産みになった時からわたしがお世話させていただいてました。でも、もうそれも終わり」


 風が吹いて、マリアの銀髪が揺れる。

 顕になる、金属剥き出しの素顔。顔と脚だけじゃない、彼女は既にあちこちの機能が不具合で動かないのだ。人間を超越したロボットが、対応年数が人間の寿命より短いことはあまり知られていない。


 老いを知らぬロボットは、人間よりも早く壊れるのだ。


 なぜなら、毎年新型のロボットが製造されるから。

 ロボット、それは合法で買える奴隷でもある。

 どのメーカーも、一定期間で買い替えてもらえるように、一昔前の家電製品並の耐用年数しか与えない。ロボット産業は今や、誰もが金を使うインフラの一部だからだ。


「わたし、今から機能停止しようと思うんです。だから……翔さんをお願いできませんか? あなたみたいに、一途に想ってくれてる方になら……少し心配ですけど、信じられる気がするんです」


 は? 何を言ってんのこの女。

 いやいや、女じゃないから! ロボットだから!


 でも……アタシの憎きライバル、翔サマが生まれた頃からの守護天使だ。

 翼を失い飛べなくなった天使は、天国に帰ると言い出したのだ。


 だからアタシは、ハッキリ言ってやった。


「ざけんなっ! 翔サマが何を望んでるか、アタシにはわかる!」

「あなた……あの」

「ブッ殺すわよ、黙ってっての!」

「わたしは、わたしには……壊れることしか、できない。あの人のために」

「アタシに好きな人の望まぬことをさせるなんて……許さないんだから! 待ってなさい、アンタねえ……そう簡単に翔サマを悲しませられると思ったら、翔サマの中で永遠になれると思ったら、大間違いよ!」


 アタシは捨て台詞と共に、走って逃げた。

 幸か不幸か、マリアの……ミクリニ重工製Me272Bのことはあらかた知ってる。ビス一本レベルまで知り尽くしている。

 尽くすタイプだということも知っている。

 だから、もっと知れば……もっともっと勉強すれば、マリアをアタシが、アタシだけが直せる。筈だ。勉強はからっきしだけど、メカいじりだけは上手くなったもの。


 何故なら……アタシもまた、翔サマに恋した愛の奴隷アイ・ロボットなんだから。


NEXT……003 - K.A.I.

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885453848

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