004 - 朽ちた天球儀
久々に舞い込んだ依頼は、なんとも珍妙なものだった。
「私をこの砂漠の向こうへ連れて行きなさい」
報酬も払えなそうな、着の身着のまま、余剰パーツ無しといった様子の愛玩機はそう言った。
愛玩機とは、ずいぶん昔に俺たちを創ったというニンゲンの心を癒すために生み出された。一切の武器を持たず、機能を持たず、仕事を持たず、ただエネルギーを浪費するだけの存在であり、戦時中の徴品令で殆どが何かしらの武器の材料へと姿を変えたはずだった。
「お嬢ちゃん、報酬は? 水は払えるのかい?」
一応聞いてみる。
「水? そんなもの何に使うの?」
「冗談はよしてくれよ。俺たちはみんな水が無いと活動できないだろう。蒸気機関に、水は必要不可欠だ」
「蒸気機関だなんて、ずいぶん久しぶりに聞いたわ。でも貴方、私が水なんて持っているように見える?」
「だよな。じゃあアンタの依頼は受けられない。俺も慈善事業やってんじゃねぇんだ。報酬も無しに、わざわざ砂漠越えなんてするかよ」
「そう、なら1人で行くわ。貴方なら連れてってくれるって聞いたんだけど。期待外れだったわ」
「ん? ちょっと待て、誰にそんな適当なこと言われたんだ」
愛玩機は、俺の言葉など無視して油屋から飛び出て行ってしまう。
賑やかだった飲み屋が静まり返り、視線が俺に集まる。
「わかった、わかったよ。付き合えば良いんだろ?」
誰に俺のことを聞いたのかは知らないが、どうせ他にやることもない。コード絡むも多生の縁だ。付き合ってやるか。
愛玩機が飛び出して行った方へ歩いて行くと、あいつは俺のことを待っていたかのようにそこにいた。
「遅かったわね。もし来なかったら、凄腕賞金稼ぎの名が泣くところだったわよ」
「誰に聞いたんだそんな話まで……まあ良い。アンタの依頼を受けることにした。報酬については終わった後でキッチリ話し合うからな。良いな」
「水は無理だけど、何かしらの形でお返しすることを約束するわ」
「じゃあ契約成立だ。よろしくな、生意気な愛玩機」
「愛玩機は辞めなさいよ……」
そう言って、愛玩機は顔のパーツを困ったように歪ませた。
* * *
砂漠越えには、それなりの装備が必要だ。幸い俺は従軍時のものが残っていたが、愛玩機用のものは持ち合わせていない。
「私にはそんなもの必要ないわ。防水防塵仕様だもの」
「そうかい。羨ましいこった」
でも一応、防塵用のマントを買い与えた。
「なかなか気がきくじゃない。カウボーイにしては良いセンスよ」
「カウボーイ?」
「あら、知らないの?貴方みたいな人を、カウボーイっていうのよ」
「カウボーイねぇ。間抜けな名前だ」
「そう?かっこいいじゃない」
「そうだな。じゃあ出発するか」
地平線の先まで続く塩の砂漠は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。足元からの照り返しと、何にも遮られずに直撃する日光が、たちまちボディの温度を上げる。
「やっぱきついなコレは。俺が水冷式だったらと思うとゾッとするぜ」
「水冷式?」
頭部から煮えあがった冷却液を蒸気として排気すると、いくらかマシになった。
「おお! 貴方、そんな面白いことできるのね! もう一回やって!」
「黙って歩け。頭に響くんだよ、お前の声」
「むぅ」
愛玩機を黙らせて、ただひたすら砂漠の果てを目指す。歩いて歩いて、太陽が沈むまで歩いた。
「日も沈んだし、そろそろ休むか。再起動と燃料の補給と、後は体の冷却か」
「私は別に疲れてないけど。貴方が休んでる間は空でも眺めてるから、気にしないで」
「アンタ本当に何もできないな……むしろ何ができるか気になるところだが、まあ良いや。お言葉に甘えてそうさせてもらうぜ」
「ええ。お休みなさい」
「おやすみなさい? なんだそれ」
「貴方おやすみも知らないの?常識知らずね」
言い返そうとした言葉は再起動の波に流されて、消去されてしまった。
* * *
OSが起動して意識が戻る。再起動中に燃料も入れた。体の冷却も済んでいる。日光でオーバーヒートしない夜の間に出来るだけ進んでおきたいところだ。
「おい愛玩機、出発するぞ」
愛玩機は、何も言わず空を眺めている。
「夜に太陽は無いぞ。ただ黒いだけの空なんて、眺めたところで時間の無駄だ」
「星、見えないのね。私のデータによるとあの辺りに」
空を指差す。
「乙女座があるはず。それで、月はあっちの方に出ていて、そっちにも」
「乙女座とか月とか分かんねぇけどさ、アンタに唯一ついてた機能が星とやらを観測するものだったとは。ずいぶん便利な機能じゃないか」
「そう、貴方は星空を見たことがないのね。かわいそうに」
「そうだな。ほら、進むぞ」
俺たちはひたすら歩き続けた。時々休みながら、昼も夜もずっと。
ふと思い出して問う。
「そういえば、どうして砂漠越えなんて大層なことやろうと思ったんだ?」
「約束したからよ。私を家族として受け入れてくれた人が、砂漠の向こうで待っている。その場所が、たまたま砂漠の向こうだっただけ」
「そうか」
俺たちは言葉を交わすこともなく、夜空を見上げることもなく、塩の大地をひたすら進んだ。
それから3日ほど歩くと、遠くに半球型の廃墟が見えてきた。
「アレよ! あそこで私の家族が待ってる!」
愛玩機は興奮した様子で、それを指差した。
「焦らなくてもすぐ着くだろ。ゆっくり行こうや」
夜になる前に、そこへ着いた。中は老朽化して落ちた天井が瓦礫となって通路を塞ぎ、所々崩れて傾いていた。
「こんなところで本当に待ってるのか?」
待ってなどいないだろう。人間は遠い昔にこの星を捨てたのだ。
「こっちよ、この部屋」
半球の中へ入ったが、中は完全な暗闇で、何も見えなかった。
カチリとスイッチを押す音がして、半球型の天井に無数の光の粒が映し出された。
「これは」
「星よ。この光の粒全部が星。それで星と星を結ぶのが星座よ」
そこにいたのは、無邪気な少女だった。
「あそことあそこを繋げると、乙女座になるのよ」
「そうか」
少女が指差した先に、次々と現れる星座。
ふと、部屋の中心を見ると、朽ちた骨が乗った椅子が二つ並べられている。
彼女の家族も、かつてはここで星空を眺めたのだろうか。満天の星空が、うっすらと椅子の上を照らしている。
NEXT……005 - 相棒は、極度に機械化されたレディ
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