066 - 過去の貴方を拭う

宇宙整備ドックには日々、ロボットと残骸と人間がやってくる。

本日、ドック内の大部屋には、人型の装甲機械が入ってきていた。

 最近まで激戦をくぐり抜けていた機体らしく、右腕の前腕部は原型を辛うじて保っているほどで、どの星かの所属を示す紋章も掠れ、類似の形から割り出すのも一苦労しそうだ。


 私以外が手をかければだが。


手元にある人型の設計図と見比べる。元は標準装備だけの基本機体だったそうだが、スラスターが脚部の他に肩部に搭載。緊急時の回避行動をできるようなカスタマイズ。頭部のこめかみには外付けバルカンが搭載という魔改造ぶり。


つい呆れてしまうが、生き残るためにそれだけ必死だったことは、戦いの名残りであろう、無数の傷跡からわかる。

頭から脚まで刻まれた歴史の内、斬撃痕にそっと触れる。


 「……長い旅だったんだね」


 優しく声をかけ、この空域では珍しい長い黒髪をやる気のゴムで纏めて束にした。整備の時には長髪が邪魔になるからだ。

部屋の壁に取り付けてある自動多腕を起動し、頭部を指定。そこにあるエネルギー回路を点検し、無事な範囲は切り取るように命令。

 自身は人の手での干渉でしか弄れない箇所に手をかけた。

 

 この装甲機械は今から分解する。

 今の時代、人型は珍しく駆動部や、関節部が高く売れるからだ。

 戦場で主に使われるのは、竜機と呼ばれるロボットであるため需要が少ないし、今の時代量産化のメリットもないからと受注生産限定品になっている。 

 つい数ヶ月前に終わった戦争では、人型が活躍していたそうだが、本人の資質に合わせたエース使用となっており、維持コストも高かったと聞いている。

 

そんなわけで、骨董品扱いにされている種類だ。

 

 今回は極秘扱いながらも直々に分解を依頼されたらしく、この型の構造に詳しかった私に白羽の矢がたったのだ。


 「溶接跡下手だねこれ。私もこんな時代あったなぁ……うわコア何これ」


 装甲機械の心臓部のカバーを取り外す。中にはコアを中心として回路が行く手を阻むように張り巡らされており、同時に過去にいたであろうこの機体の整備士に恨み言を吐きたくなった。

 コアは文字通り心臓、そのため中心部を守るように回路を組むのだが、整備士が込める思いによって複雑怪奇な盾になる。

 

 つまり、万感の思いが詰まった機体だった。


「じ、時間掛かるな……残業代でるよねこれ……?」


 昨今、地球と呼ばれる遠い星で大規模なストライキが起こり、残業代の回収騒ぎが起きたそうだが、その余波がこのドックにまで届いてほしい。



 「はぁ……しかし懐かしいな、人型機械弄るのも……昔は楽しかったなあ」


 竜機が生産され始めるまでは、強化外骨格に装甲を取り付けたこの型が主流で、初々しい整備士だった私も検査にオイルと、走り回ったのを覚えている。

 それに、彼の機体を弄っていた思い出も。しっかりと胸に残っていた。

 

 「……生きてればなぁ、消息不明になって打ち切りも来たのに、まだ未練も残らならかったのに」


 コアに接続されたコードを慣れた様に、取り外しながら呟いた。

 

 この整備ドックに来る前は、人型専属整備士をやっていた。複数人で構成されたチームみたいなものだ。

 日頃の頑張りが認められたそうで、配属されてからは恋も愛も知らぬ存ぜぬ勢いで、没頭。

 そんな時に、パイロットの彼と出会った。


 『ねえ君、青春をドブに捨てたような恰好だけど大丈夫?』


 迷わずスパナを叩き込んだのは今でも鮮明に覚えている。


 少々前代未聞ではあったがそこから、彼と繋がりを得たのだ。

 整備が終わるタイミングで、話すことから始まり、徐々に話す場所を休憩室、通路、彼の部屋、自分の部屋と変遷を得て繋がりを深くした。


「あの日までが、楽しかったからね」


彼の寂しい笑顔を思い出す。

戦争最前線に配属される。彼から聞いたときに、飄々としていたが、部屋では独りわんわん泣いた。


 なにせ人型は、宇宙戦艦を単騎で落とせるポテンシャルを持っている。その為、戦場に現れた途端に狙われるデコイのような役目を持っているのだ。

 

 しかも弱点のコアの位置は統一されており率先して胸の急所を狙われもする。


 ゆえに決意した、ひとしきり泣いた後、彼に生き残ってもらうために、コアの防護を優先した。回路の外部被覆部も交換し、伝達回路も前回を超えるように勉強し組みなおした。

 好きな彼を助けるために、最後のコア付近の回路も入念に、衝撃が緩和されるように通し、取れる手を施しつくして。

 泣きそうな笑顔で見送ったのを覚えている。


 そして

 

 「ねえ、君がいなくなって私はここに来たよ……責任取ってよ。青春をもう一回味合わせてよ!!」


 彼は生死不明となり、私は心が折れてここにたどり着いた。


 いつかと同じように涙があふれる。オイルで汚れた手で拭い顔が酷くなるが構うものか。

 

彼の思いは全部流しだしたほうがきっといい。涙を拭い、心を拭い、彼を拭う。

 それでも、止まらないイライラを、眼前の迷宮にぶつける。


 張り巡らされた回路は、堅牢だ。一度組まれて以降解かれたことがないような。だが、適度に掃除してたのか埃や宇宙ゴミはなかった。

 

 そして、最後の回路を取り。涙も枯れたころに、ふと。コアに黒い文字を見た。

 マジックで書いたのだろうか。ここまで組まれると整備士以外に明かされることもないだろう。うってつけの条件だろうと、文字を読んで。声が止まった。


「……っ」


もう無くなってた思いが溢れだした。いつか流行った、地球の伝統の相合傘。私と彼の名前があって


 「やあ君、青春がドブに捨ててあったけど。とってくれないかい?」


 聞き覚えのある声に、涙が出た。


「……っバカぁ!」


振り向き、差し出された手を思いっきり引っ張り抱きしめる。


 「ごめん、戦争を片づけるのに手間取った」


 あの頃より愛しい声で、彼はそういった。


NEXT……067 - おしごとの時間

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885502884

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