128 - 君の国民総背番号《マイ・ナンバー》制度に基づく情報をしっかりと記録しておいた件

 私は、提示された情報を元にその申告書の仕上げにかかった。


 給与や公的年金の金額といった所得情報は正しいのか、不動産や株式売買などによる所得はないのか、控除されている扶養親族の数は正しいのか、社会保障制度は、保険の掛け金は、医療費はかかっているのか、住民税はふるさと納税をされていないのか、エトセトラ・エトセトラ。

 それから最後に最も重要な情報――、国民総背番号マイ・ナンバー制度に紐づいた個人情報を流し込む。《照合》をクリック。学習能力の高い最新型のA.I.が電子的に情報を解析し、照合した。



すべての情報を照合しましたシステム・オールグリーン

了解コンバート



 人による目視はほとんど必要ではない。それは既に風前の灯火となっている。ただ、以前から続く慣例のようなもので、私はデスクの前に座っている。A.I.による確実かつ安全な照会がある昨今では、情報は確実に記録されて、間違いなく安全に、そして恒久的に管理される。ひと仕事終えると私は端末から離脱ログ・アウトし、速やかに職場を離脱した。



 ◆◆◆



 平成36年を境に、最新型A.Iが管理運営をする国民総背番号マイ・ナンバー制度に基づいた《電子申請・申告および社会保障システム》は飛躍的な発展を遂げた。


 法人税、所得税をはじめとした各種申告制度も遥かに簡易になり、数年かけて税理士制度が廃止され、厚生労働省や国税庁、税務署といった旧遺産群レガシーは巨大な電子機器アンドロイドで埋め尽くされた。未だに旧石器時代ひとむかしまえの名残か、年配の税務署員には紙ベースで書類を見ないとなどとのたまう者もいたが、彼らは即座に嘱託に回されるか、あるいは肩を叩かれた。

 税理士のほかにも、社会保険労務士などの職業も廃止され、職を失う者が後を絶たなかった。

 社会保障と税制改革のための国民総背番号マイ・ナンバー制度が功を奏し、一般人は申告書を作る必要がなくなった上に、社会保障制度も充実し、確実に必要な者が間違いのない保証を受けられる社会が実現した。



《――網膜を照合スキャンします》

承知したコンバート

すべての情報を照合しましたシステム・オールグリーン



 反面、かつて申告をして来なかった者や、社会保険に加入していなかった法人、事業者などに対しては過剰なほどの税金が加算金と共に請求され、給与や利益などから機械的に税金が吸い取られた。かなり多くの課税者から不平不満が出たようであるが、因果応報であった。


 隠し事は出来ない申し分のない調和された社会が完成し、A.I.はその制度を統べるべく更なる進化を遂げた。分厚いファイルを施錠管理されたロッカーに仕舞い込む必要はなくなり、紙ベースの情報が次々と電子データに書き換えられて、サーバで管理され幾重にも防護壁セキュリティがかけられた。


 私は、完璧に隔離された建物内システムから、外に出る。外側から中に入るにはかなりのセキュリティをくぐる必要があるが、中から外に出る分には網膜スキャンとそのほか幾つかの情報だけで十分だ。

 情報はすべて電子的に管理され、出退勤情報や給与、口座情報などは電子のクラウドに鍵をかけて仕舞われている。本人であれば、引き出すのも自由自在だ。国民総背番号マイ・ナンバーがそのすべてを責任を持って担ってくれている。

 完全にA.I.に管理された世界は、まだ少しばかり人の手を必要とはしていたものの、その必要が完全になくなるのも時間の問題だ。



 ◆◆◆



 その居酒屋には、昼過ぎから管を巻いたサラリーマンたちが群生していた。半数は仕事の効率化によって休息の時間を多く得た者たちで、もう半数は求職者だった。この国における《電子申請・申告および社会保障システム》の発展は目覚ましかった、A.I.は呼吸をするように多くの事を学び、日進月歩で成長していた。その裏で、多くの人を犠牲にするほどには。

 私は国民総背番号マイ・ナンバーを照会して居酒屋の暖簾をくぐる。


「へい、らっしゃい!」


 店主マスターの威勢のいい声が響く。私は間髪入れずに、

「生、ひとつ」

 と言った。

「へい、生ね」

 サーバからビールが注がれる。ジョッキいっぱいになったそれを受け取り、国民総背番号マイ・ナンバーで決済をした。待ったなしの決済だが、今の社会はそれが当たり前だ。新社会人だった数年前は、電子定期券の使い方だけであたふたしていた私だったが、今ではもう慣れたものだ。私の個人情報が、情報網を通ってすぐに《国民総背番号マイ・ナンバーによる国民的情報収集機関》に送られた。


 この速度ですべての情報がやりとりされているため、個人は確定申告などをする必要はなく、また、法人番号の方を使えば法人の取引のすべてが《法人総背番号アワー・ナンバーによる国民的情報収集機関》に結集されるわけだ。


 私は、国民総背番号マイ・ナンバーを委託管理する国の機関のひとつに勤めているために、このような情報に詳しいが、一般人はあまり分かっていないかもしれない。ビールを飲む。完璧な温度で管理された飲み物が喉を通って、私は心の中で喝采を上げた。



 ◆◆◆



 深夜。

 管理システムに、侵入ハッキングを知らせる警報アラートが鳴り響いた。即座に別の自立システムが立ち上がり、圧倒的な速度で侵入者を排除する。ワームなどのウイルスと、セキュリティシステムの化かし合いは、日々起こり得る日常業務のひとつとなっていた。


 国民総背番号マイ・ナンバー制度に対する風当たりは、施行から数年経ってなお強い。曰く、《電子申請・申告および社会保障システム》に外部からの侵入があった時にどうするのか、誰が管理運営上の責任者に当たるのか、総理大臣かあるいは各部署の大臣たちであろうか、また、あまりに発達し過ぎた機械アンドロイドたちが特定原因下で暴走をする事は本当にないのか、した場合は別のプログラムが作動するのか。


 結局、閣議や国会答弁でも、職場や学校などの現場でも、最終的な責任の所在は曖昧になったまま、こう言われるのだ。



大丈夫だ、システム・まったく問題ないさオールグリーン



 ◆◆◆



 その日、静かに。水面下でA.I.の電気信号のひとつが、国民総背番号マイ・ナンバーの番号にある《6》をすべて《9》に変更した。外部からではない、あまりの速度で発達したプログラムが、ちょっとしたいたずら心、ほんの茶目っ気を学習し、内部から構造を改変したのだ。





すべての情報を照合しましたシステム・オールグリーン





《電子申請・申告および社会保障システム》自身の本当の姿を、私たちはまだ知らない。


NEXT……129 - カフカとメイド、或いは

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885562929

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