038 - 気持ちをYO!SAY!
僕の家には、ロボットがいる。
海外で働く両親の代わりに、僕を世話してくれるロボットだ。
「鳴海さんっ、お風呂の準備ができました。さ、早く行きましょう」
彼女の名はマルティ。
優しくて働き者で、ちょっと口うるさくておせっかいな僕の保護者だ。
マルティは僕の家で、家事一切をやってくれる。宿題もやってくれればいいのに、と思うが、それは駄目らしい。小学生の今から勉強ばかりで、正直僕は気が滅入るんだけど。
でも、ちゃんと勉強してるとマルティは褒めてくれる。
それはとても嬉しいから、宿題も予習復習も忘れたことがない。
「さ、脱いでください。……手伝いましょうか? 一人で全部脱げますか?」
「もう、マルティ。僕はもう、小学四年生だよ? 平気だよっ!」
「まだ小学四年生、ですっ! 奥様や旦那様に恥ずかしくないよう、私がしっかりお育てしなければいけないんです」
「過保護だよ……って、また脱いで! 待って、ちょっと待って!」
「どうしてですか? お風呂に入る時は、私達も人間も服を脱ぐと思いますけど」
「もう、一緒に入るのはいいよ……恥ずかしいよ、マルティ」
マルティは、僕の目の前で服を脱ぐ。
はっきり言って、マルティは美人だ。本人は童顔を気にしてるが、とてもかわいらしいと思う。年上の女性にそれは悪いし、世間じゃロボットにかわいいなんて思わないらしいけど。
でも、僕はマルティが綺麗だと思う。
それに……その、なんというか、最近……マルティの裸が眩し過ぎる。
「ほらほら、鳴海さん? 風邪を引いてしまいます。脱いだらすぐにお風呂に行きましょう」
マルティが僕の手を引っ張る。
うう、当たってます……胸の膨らみがばっちり手に当たってます。
本当に無防備だけど、マルティはすっごく、その……なんて言うんだろう? えっと、ふくよか? とも違うな。ホーマンって言うんだっけ? うーん、ちょっとしっくりこないな。
えっと、僕の語彙でいうところのスタイル抜群、ボインってやつだ。
細くくびれた腰に対して、おっぱいもお尻もとっても大きい。
あと、その、そこまで人間に似せて造らなくてもいいよな、って。
最近僕、変なんだ。
ママと一緒にお風呂に入ってた頃は、なにも感じなかったのに。
僕と違って、マルティの股間には毛が生えてる。
髪の毛と同じ、綺麗な薄桃色がふさふさしている。
「鳴海さん、座ってください。私が頭を洗ってあげますね」
「自分でできるよ、もぉ!」
「駄目ですっ! シャンプーが嫌だからって、いつも奥様を困らせていたでしょう?」
「……もぉ何年も前の話だよ」
「いい子だから、おとなしくしてくださいね? さ、目を瞑って」
マルティは本当に過保護だ。
僕が忘れ物をした時なんか、小学校まで届けてくれるんだ。
いくらマルティみたいなロボットが珍しくない世の中でも、こんなにも世話焼きな人は珍しいんだ。お蔭で僕は、よく学校で冷やかされる。
でも、本当は……僕、マルティが好きなんだ。
ずっと甘えていたくなるけど、それは駄目だよね。
「ねえ、マルティ」
「どうしましたか? 鳴海さん。あ、痒いところがありますか?」
「いや……ない、けど……強いて言えば、なんかオチンチンが」
「まあ! そこは自分で洗ってくださいね? 将来、鳴海さんには素敵なお嫁さんがくるでしょうから。そういう人にしか、触らせてはいけませんよ?」
「わ、わかってるよ!」
「……ど、どうしてもっていうなら……わ、私が、洗いますけど」
「え? なにか言った? マルティ」
「なんでもないです! さ、頭を流しますよ!」
マルティはシャワーを持ち上げると、僕に暖かな湯を注ぐ。
流れ落ちる水滴の雨を受けながら、僕は頭の泡を追い払った。
ブルブル頭を振って髪の水分を追い払うと、マルティがクスクスと優しく笑う。
「ふふ、なんだか鳴海さん、ちょっとワンコみたいですよ?」
「酷いな、マルティは。僕、犬じゃないよ」
「ええ。そうです、鳴海さんは私の可愛い鳴海さんです。ワンコよりずっとお利口さんだし、お行儀もよくて素直ないい子です」
「また子供扱いして」
「じゃあ……ちょっとだけ、ですよ? 少し、大人の御褒美。シャンプーハットがなくても、もう平気ですね? 鳴海さんは偉いので、御褒美……あげます」
そっとマルティの唇が、僕の頬に触れた
やわらかな感触が、一瞬だけ熱く僕の顔を燃やす。
そう、燃えたように熱く火照り出して、思わず僕は頬を手で抑えた。
「もうっ! またマルティは僕をからかう!」
「からかってません! ……私、からかってません。本気、ですから」
「なにが? ね、なにが本気なの?」
「秘密です! さ、次は身体です。バンザーイしてください。両手をあげて」
マルティも、頬が真っ赤だ。
それでも彼女は、ボディソープのボトルを苦労して一生懸命持ち上げようとする。
僕はそんな彼女を、ボディーソープごと持ち上げた。
「ひ、ひあっ! もぉ、鳴海さん!」
「一人でできるってば、マルティ。それに……僕をもっと、一人前に扱ってほしいな」
「まあ……そ、それは」
僕の手の中で、マルティが目を逸らす。
マルティはロボット、世間で一般的な子守ロボット、ピクシロイドだ。その全長は14cmで、とても小さい。背中には四枚の透明な羽根が生えてて、服も専用のものがショップで売っている。
世の中ではごく普通な、どこの家庭にもいるロボット。
でも、僕には唯一の家族で……きっと、多分、僕が身近に感じる親しい女の子だと思う。
ピクシロイドは機械だって言うけど、機械を好きになっちゃいけないなんて誰も言ってない。ホーリツとかケンポーとか、よく知らないけど。
「じゃ、じゃあ……鳴海さん。鳴海さんのこと、大人扱い……男性として、お願いしてもいいですか?」
「当たり前だよ! 僕、クラスの女の子にはそう思わないけど……マルティには、マルティにだけは、そうしてほしい」
「……わかりました。じゃあ、約束して、くださいね? 私が、鳴海さんをいつか立派な一人前の男性にして差し上げます」
そう言って笑うマルティは、僕の手を飛び立った。
その時、僕は無邪気に笑って思いもしなかった。
僕から飛び立つ彼女が、僕が大人になると……一夜を共にしたあと、永遠に飛び去ってしまうなんて、思いもしなかったんだ。
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