151 - 違いのわかる男
気が付くと、時刻は午後になっていた。
作業机でプラモデルの改造に没頭していたせいで肩が凝っていた、姿勢も悪かったせいか首回りも痛い。
気怠さを追い出すために身体を伸ばすと、急に椅子ごと抱きつかれる。
華奢な腕、か細い指、整った爪、それは間違いなく俺の彼女の手だった。
「ゆーくん、何してるの?」
「次の大会用の機体のセットアップ、今やっておけばたくさん練習できるだろ?」
「さっすがー!」
プラモデルを読み込んで戦わせるゲーム、彼女はそれにのめりこんでいた。
俺がやっていたのを見て、興味が湧いたらしい。
彼女が俺から離れ、机の上を覗き込んでくる。
そこにあるのは俺と彼女の機体だ。もう作業は大詰め、完成もすぐそこだ。
「あれ? あたしのプラモ、ゆーくんと違うよ?」
これまで、俺たちは同じ機体を使ってタッグ戦を勝ち抜いてきた。
だが、この間の大会の決勝戦でやりあった相手が手強かった。そこで、俺は「チーム」としての自分たちを見直し、少しやり方を変えようと思い立ったのだった。
「だけど操縦はもっと簡単になるよ。それに性能も良い」
机の上にあるのは青色の戦闘機型のプラモデル、そして赤色の人型のプラモデルだ。
「これも変形するの?」
「もちろん」
俺たちは可変機系の機体を得意としていた。
空中戦も地上での機動戦もバッチリこなし、地区大会ではいつも優勝している。
「えりちゃんはこれまで通りの戦い方をすればいい、そのために機体を新調したのさ」
「前のじゃダメだったの? おそろいが良かったのに」
頬を膨らませる彼女の顔がとても可愛らしくて、俺は思わず顔を逸らしてしまった。不覚、リスのように可愛い表情を直視すると俺は理性を失うかもしれんのだ……
「——でもさ」
「——これって、前の機体とどう違うの?」
「どうって、全然別の機体じゃないか」
「いや、それはそうなんだけど……」
ベッドのスプリングが軋む音がした、彼女がベッドに腰掛けたのだろう。
少し間をおいてから、彼女は言った。
「——人型から飛行機になるのと、飛行機から人型になるのってどう違うの?」
彼女の言葉に、俺は思わず立ち上がって彼女に詰め寄ってしまった。
「ぜんっぜん、違うだろ!!」
「——ふぇっ!?」
俺たちは最初は戦闘機から変形する『可変戦闘機』を使っていた。
それが問題だったのかもしれない、変形が当たり前のようになってしまった彼女には『変形』は当然の要素となってしまっている。
「あのな、飛行機とロボットは操縦方法が全然違うだろ?」
「う、うん。それはわかるよ」
ゲーム内で様々な機体を使わせてあげたから、それくらいは理解してもらわないと困る。
「じゃあ、わかるよね」
思わず語気が荒くなってしまっていたが、俺は興奮を抑えられない。
これまで『感覚』だけで戦ってきた彼女にとって、それは些細な問題だった。だが、それが問題だからこそ、こうして機体を変えることになったのだ。
「えーと……」
彼女が言葉に詰まる。
俺は苛立ちをグッと飲み込んで、代わりに答えてやった。
「操作感覚が違うでしょ」
飛行機から変形する『可変戦闘機』はそもそも航空機の操縦方法がメインになっている、つまり変形すれば『飛行機のコクピット』でロボットを動かすことになるのだ。
これはとてもデリケートな問題で、操作感覚が違えば反応が一秒も遅れてしまう。
航空機の操作感覚だから、当然ロボットで使えば齟齬が生じる。いくら調整してもその差は埋められない。
「う、うん……」
「えりちゃん、わかってないでしょ?」
逆に人型から飛行機に変形する『可変機』はロボットのコクピットだから、人型の時は充分過ぎるほど動かしやすい。
だが、当然ながら飛行機を操縦するのは人型より難しい。飛行機は彼女が想像している以上に繊細なメカなのだ。どうしてもロボットのコクピットでは、大雑把な操縦しか行えなくなる。
つまり、ドッグファイトをしたときに絶妙な差が出るのだ。
「じゃあ、どう違うのか例えてよ……」
瞳が潤んできた彼女の怯えた表情に、胸を痛めたが、それで引き下がったら今回の機体新調の意味が無くなってしまう。
俺は心を鬼にして、彼女に向き合った。
「唐揚げと竜田揚げくらい違う」
「どっちも同じじゃん」
――違うわ!!
唐揚げは小麦粉、竜田揚げは片栗粉を使用するだけじゃなく、竜田揚げは百人一首の竜田川が由来である説もあるんだぞ。料理舐めんな!!
「じゃあ、野菜スティックをマヨネーズソースにディップして食べるのと、サラダにマヨネーズかけるのは違うだろ!!」
「それは……そうだけど」
納得していない様子の彼女に、俺は呆れる。
『可変機』は人型で作られている以上、飛行機状態での武装は外付けできない。ミサイルも格納出来るような小型弾頭しか使えないし、機体のスラスターやバーニアで無理矢理飛んでいるだけだ。
一方、『可変戦闘機』は飛行機であることを重視しているので、実在戦闘機のように大型ミサイルを装備出来る。これは空中戦で大きな意味を持つ。それだけじゃなく、飛行機形態の時に視界が非常にクリアだ。ドッグファイトだけじゃなく、地上への爆撃の時にも有利に働く。
「じゃあ、ゆーくんは『オムライス』と『オムそば』の違い、わかる?」
「そんなの言うまでも無いだろ」
「――どっちもおいしい!」
彼女の自由奔放ぶりに、さすがの俺も疲れてきた。
確かにオムライスも美味いが、焼きそばをオムライスよろしくオムレツで包んだオムそばだって美味い。
だが、全然違うものだ。そもそもオムそばはおいしいが邪道過ぎる。わざわざソース味の焼きそばをオムレツで包んでケチャップとマヨネーズをこれでもかとかけるわけだ。味が混ざり過ぎて変な気分になる。
「じゃあ、えりちゃんは『オムライス』と『タンポポライス』の違いはわかるのか?」
「――えっ、たんぽぽらいす……? なにそれ」
言葉を失う彼女を見て、俺は自分の顔を覆いたくなった。
俺は違いがわかる男のつもりだ。料理もプラモも、小さな差さえ見逃さないという自信がある。
だが、俺が交際している彼女は、些細な違いなんて気にしなかった。
NEXT……152 - あなたが忘れたものを、覚えておこう
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