142 - PS/復讐の胎動
喝采をするかのような破裂音が地面を抉る。
衝撃は僅か1.6mしかない体躯を吹き飛ばすほどに強烈で、おかげで少年は顔から大地へ激突してしまう。
「マグッ!」
彼に手を差し伸べるのは、擦り切れた軍服を身に纏っている青年だ。
「あ、にき……」
吐き出しかねない胃液と、どうしようもならない弱音を無理矢理に飲み込んで、少年は再び立ち上がる――幸い、怪我はしていない。脚も動く。
『逃げるねぇ……良い努力だよ。素晴らしいと思う』
木々を切り倒し、踏み潰して木片を散らす破壊者が一体。彼らの後方にいた。
スピーカーを通して聞こえる加害者の嘲笑。その姿は青く太い、十メートル大の巨人である。
『だが! 帝国のレジスタンスの、ましてや部下を数人殺してみせた
クッと、少年の兄である青年は、弟を巻き込んでしまった自身の不甲斐なさで唇を噛む。
青い巨人は、PSと称される二足歩行式の人型兵器だ。そして青年も、PSを操る兵士——であった。
『帝国は滅んだのだ。だからこれ以上、人を殺してもらうのはいただけないのだよ』
「勝手な事を——!」
国は滅び、残された彼は同胞を率いて抵抗を続けていた。優秀な整備士である弟を迎えて、だ。
しかし、所詮は敗戦を受け入れられない者の集い。活動の最中に、この青きPSの襲撃に遭い、レジスタンスのメンバーは撃ち殺された。
彼は、生き残った弟を連れて走る。生きるために。自身のPSを隠してある、目の前に見えている洞窟へ向かって——
『我々は平和の兵士なのだよ!』
「ガッ——!?」
放たれた銃弾は地面を抉る。あえて当てていないのは明白だ。
しかし、今度の今度は青年に悲痛を溢させる——弾け飛んだ石が、彼の脚を貫いたのだ。
「兄貴ッ!!」
「早く行けっ!」
立ち止まってしまう弟に、跪く兄が叫ぶ。
そんな——男からすれば茶番のような叫びに、青のPSは無慈悲にも引き金を引いた。
「早く、シャガナを——」
「————ッ」
一発の銃弾。されど、巨人のサイズの銃弾は、それだけで右手を伸ばす青年のほとんどを破裂させるには十分だ。
同時に、立ち止まっていた少年に襲いかかる赤い衝撃。銃弾が生み出した風はマグを洞窟の奥へ吹き飛ばす。
▽/△
「うっ……ォェッ——ゴホッ、ゴホッ」
少年は暗闇の中で目覚めた。冷たい土と岩の感覚——と、彼の身体に付着する粘液がマグの覚醒を強制させる。
「ぁっ——ぁぁぁぁあああッ!?」
自身の負った傷の痛みではない心の軋みが、少年の叫びの正体であった。
暗闇の中、確かに見える彼の兄の残骸。少年に向けられていた右腕だけが、その血溜まりの中でマグを見つめていた。
「あ……に、き?」
技術者であった父も、勇敢なPS乗りであった母はもういない。彼の知らない場所で死んでしまった。
だから、目の前にあるそれこそが、唯一の肉親である兄が死んだ証明であった。
迷いしかない足取りでその腕を抱きしめる。そんな彼を見つめる者が、もう一機いた。
「……シャガナ?」
蛍光緑の二つ目が、洞窟と自身の白き鎧を照らしていた。
少年の五倍はあるであろう、その巨人——PSの名は、シャガナ。亡き母から兄へと受け継がれた、帝国の騎士。
「……お前の中にいれば、兄貴も喜ぶはず……」
マグは三角座りをしている白騎士の胸部を開き、その中にある操縦席へ移る。
席に座りきると、胸部は自ずと閉じ、女の声が響く。
《マスター認証をしてください》
「マスター……兄貴は、ここだよ?」
千切れた無機物をモニターに掲げ、マグはニヘリと笑う。
《……オーケー。マスターの死亡を確認。マスター契約へ移ります》
「仮マスターなんていらない……どうせ、もう誰もいないんだ」
無情なシャガナの声はマグを更に自棄へと追い立てる。
兄を殺したのは青いPSであるが、同時に自身の無力さが招いた結果だ。
《……オーケー。それでは、あなたを仮マスターとして登録。戦闘態勢へ移行します》
「……え?」
しかしシャガナは己の判断で立ち上がった。
仮マスターとして登録された少年の目の前は、シャガナの瞳が見つめている世界へ置き換わる。
《先代、先先代の戦闘データを継続。オートモード起動——認証を、仮マスター》
「……そうか、お前はもう二人も失ってるんだ」
その少年の言葉に、白き兵士は答えなかった。
▽/△
『戦闘終了。楽しませてもらいました』
一発の銃弾が青年を貫いたことを確認した男は、安堵と優越感を言葉にする。
青きPSもまた彼を示すかのように、その血溜まりから背を向けた——が。
『ん——なッ!?』
その瞬間こそが好機であった。暗闇から背けた青い巨人へ向ける憎悪にとって、その傲慢こそが。
暗闇から飛び出すのは白き騎士。亡国が遺した英雄機——シャガナが、未熟な戦士を乗せて突撃する。
『バカな——やつは死んだはず!?』
絶対的な勝利のために、生身の敵を殺したのだ。しかし、男は理解していなかった。
強いのは、青年だけではない。操る旧型機、シャガナに内蔵された熟練のAIもまた一つの戦闘単位であったことを。
青い背中をナイフが突き刺さる。勢いは止まらず、態勢を崩し倒れた青のPSにシャガナは馬乗りする。
『誰が、乗って——』
「——
恐怖か、それとも兵士ゆえか。敵を見定めようとした彼が迎えた声は、幼くとも冷たい、そんな死刑宣告だ。
引き抜かれたナイフはその刃に熱を纏わせる。
『あのガキだとでも言うのかぁッ!?』
「——やれ、シャガナァッ!!」
引き金の代わりに操縦桿を握る少年の一言に、白騎士が握り締めるナイフが降ろされた。
何度も、何度も、何度も——それこそ、背中からコックピットを穿つように。
「ぁぁぁぁぁぁッ——!!」
声が枯れるほどの血塗れの兵士の叫びと鈍い金属音が、近くの洞窟に反響した。
▽/△
《戦闘終了》
「はぁっ……はぁ、はぁ……っ」
音が途絶えた中、汗と涙を流す少年にシャガナはそう声をかける
《一人、殺しました。あなたは立派な兵士です。復讐を継続しますか?》
短くも冷淡な言葉。しかし、乾いた血色の顔は、ガチガチと歯を震わせて答える。
「当然だ」
青い屍を踏みしめ、白い復讐機は空を仰ぐ。その手は赤色に染まっていた。
NEXT……143 - 天の光は全て星
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885578559
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