031 - フィクション・ロジック・ロボティクス

 『CAE』と呼ばれるツールがある。

 コンピューター上で製品の強度だとかの検討を支援するためのものだ。


 このツールは高度な物理演算が可能であり、ほぼ現実と変わらないシュミレーションが実行できる。


 ***


 銃口が束ねられた巨大な砲を背中に二門担ぐそれは五メートルほどで、さらに特徴を上げるならば機械仕掛けの人形だった。

 設計コンセプトは射撃なのだろう、腕部にも小型のガトリング砲が装備されていた。


「あの信号機くんが担いでるガトリング砲、絶対ヤバイって」

「分かってる」


 少女の声は隣から。

 青年は画面から目を逸らさずに答える。


 闘技場をイメージされたフィールドの外周を走る少女曰くの信号機。

 トリコロールカラーは主人公機の証というが、確かに青年が操縦桿で操るロボットは黒いマントを靡かせる黒い機体。


 見た目だけは正統派な騎士を思わせるがカラーリング的に中ボスである。背中のバスターソードがその印象に拍車を掛ける。


 どう見ても向こうが主人公だ。


 走りながら腕部に装備されたガトリング砲が回転。撃ち出された弾丸はしかし、黒い装甲にダメージを与えることはない。


 効果が無いと判断すると接地する瞬間に足裏からアンカーを展開、地面へと打ち込む信号機。


 それを軸にして射撃姿勢を取るつもりだろう。そうなれば背中の砲が火を噴くはずだ。


 響く轟音と立ち上る煙。

 それは火薬によるものではなく、土が舞いがったことによるもの。

 信号機は自らが展開したアンカーでバランスを崩し、盛大にこけたていた。


「な、なにがしたかった?」


 青年は脱力気味であり、戦闘を観戦していたギャラリーたちもこれには困惑。


 だが、いくら盛大にこけたとしても、あの土煙の量はおかしい。信号機は完全に隠れ影も形も見当たらない。


 その異常さに気付いた少女が警告しようとするより速く土煙から飛び出す極小の飛翔体。


 ひとつ、またひとつ。

 先ほどまでとは違い、堅牢であるはずの装甲をいとも容易く穿っていく。

 そうして僅かに晴れた土煙の向こう側でチラリと見える巨大な砲。


「さすがにあっちは抜けるか」


 致命的なダメージはないとはいえ、そう何度もくらうものでもない。

 早々に決着を着けようと走り出す黒い機体。


「待って、なんかおかしいよ」

「なにか、ってなんだ」


 足を止めずの問答。――時間切れ。


 答えは出ず、腕部ガトリングの牽制を捌きながらついに足を縫い付けたままの信号機の前へと辿りつく。


 そして、接近して初めてがガトリング砲ではないと気付いた。

 銃口が纏められたあれは“連射”兵器だ。

 対してこれは単純に銃口が寄せ集められただけの巨大な砲――“斉射”兵器。


「ミトラィユーズ!?」


 五十の砲門から斉射される弾丸の“壁”。

 少女の悲鳴を聞きながら、青年は“アレ”を使うかの判断を迫られる。


「ひらりマン――」

「それ以上は言うな」


 硝煙とマントにめり込む徹甲弾。そしてギャラリーからの歓声。


 使いたくはなかった隠し武装だが、迂闊に近づいた自分の責任であり、あまり文句は言えない。


 ここまでが信号機の策略であるならば、それを防いだいま、向こうには勝ち目がない。


 と、思うのは勝ちを急ぐ余りの判断ミスだ。


 勝てるという安心、油断。

 人はそれを慢心と呼ぶ。


 炸裂音。

 急速に撃ち出される腕。

 へこむ装甲には銃口が刻印される。

 突き飛ばされ、たたらを踏む機体。


「あんな腕でここまでダメージが!?」

「質量操作か!」


 このロボットたちはそれぞれが固有の権能を持つ。

 質量を操作できるのであれば、弾が装甲を貫通した理由も細腕で繰り出されたパンチの破壊力にも説明がつく。


 姿勢制御に時間を取られている隙に足裏のアンカーをパージした信号機は陸上選手がそうするかのように構える。


「体当たりするつもりだよ!」


 質量を操る理論ロジックを搭載している。

 ならば、そこから生み出される破壊力は体当たりという可愛い言葉では済まされない。


 走り出した相手はたったの一歩で最高速に達する。

 重くできるのであれば当然、軽くもできる。


 青年は自らの機体に搭載された理論ロジックを起動し、背中のバスターソードを構えた。

 先ほど弾丸を防いだのは権能ではなく、ダイラタンシーと呼ばれるただの物理現象。


 すれ違いざまの一刀。

 それはバターを熱したナイフで切るかのように滑らかで、文字通りの一刀両断。


 上半身泣き別れの信号機と静かに佇む黒い騎士にギャラリーからは惜しみない拍手が送られた。


 ***


 CAEを本気で遊びに転用したとされるゲーム“フィクション・ロジック・ロボティクス”。

 それは現実と変わらない仮想世界で繰り広げられるロボットバトル。


 自らが設計し、仮想上で組み上げるロボットは現実で『製作する』という工程が存在しないため、工学知識やハウツー本だけで始められる。


 最大の特徴は現実的にウソを組み込めること。


 どんなに荒唐無稽でもロジックが成立していれば、それは現実的な現象として効力を持つ。

 ゆえに虚構理論フィクション・ロジック


 世界を騙す――偽証の真理。



NEXT……032 - ロール:裁くもの

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885476775

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