032 - ロール:裁くもの

 影が落ちたビル群は、まるで墓石のようだった。

 ならば、その墓石が立ち並ぶこの都市は、墓場だろうか?

  ――俺は、そう思わない。何故ならば、都市というシステムは生きているからだ。死が集まる場所ではない。

 そして俺はその都市に必要な仕事をしている。

 探偵として、真実を顕にし、犯罪者を駆り立てる仕事を。今まさに、犯罪者を追う、という形で。

 俺が追う男は、連続窃盗犯だ。その正体を突き止めて、俺は男を追いつめている。

 犯人は自ら逃走ルートを選んでいると思っているかもしれないが、そんな事はない。俺が走る方向や速度を変えて、それから離れさせることで、犯人を制御している。

 故に――


「あっ!」


 犯人はこうして、路地の行き止まりに走り込んでしまうわけだ。

 俺はわざとらしく足音を立てて犯人に迫る。俺の影が伸びて、犯人を覆った。


「さぁ、追い詰めたぞ。連続窃盗事件の犯人は、お前だな」


 俺は人差し指を突き付けてやった。すると、犯人は――


「く、くくくく……はは、はははははは!」


 喉を鳴らして、顔に手を当てて、背を反らして、笑い始めた。


「随分とまぁ、楽しそうだな」

「当たり前だろぅ? 身の程知らずの! 間抜けな探偵が! 馬鹿を晒してるんだからなぁ!」


 言うと、犯人の影が伸びて、ビルを昇っていく。

 そんな巨大化した影から、何かが出てくる。まるで、影が何かの門かトンネルででも有るかのように。

 現れたのは、夜闇を切り裂くような、黄金の巨人だった。下半身に比べて、上半身が肥大化している上に、無数の腕が背中から生えており、印象は非常に醜悪だ。少なくとも、俺の趣味には合わない。


「なるほど、タイプ:マモン。強欲なるものがお前の正体か」


 ビルより巨大なその姿に見下されながら、俺はそう言った。

 あれは罪獣ケモノ。人の罪が、形となって現れいでたもの。罪の形デッドリー・シンで七種に分類されるが、あの下品な黄金と全てを奪わんとする多碗は、間違いなく強欲の化身だ。


「分かったから、何だと言うんだ、えぇ!?」


 犯人の声が、罪獣ケモノの中から響いてくる。いつの間にやら、犯人は自らが生み出した罪獣ケモノの内側に吸い込まれていた。

 俺は、そんな罪獣ケモノに背を向けた。


「俺の仕事は、もう終わりだ」

「……何だと?」

「探偵の仕事は、真実を暴き立てること。姿を曝け出した罪人の裁きは、俺の役割じゃない。お前を裁くものは、直ぐにやってくるさ。ほら――」


 俺は、言いながらその場所を見た。影を纏った二つのビル。並んだそれが、まるでベルトコンベアにでも乗せられているかのように、ずるりと両脇へ滑る。そして、その合間に、別のビルが、まるで筍のように生えてきた。

 あっという間に、両隣と同じ高さまで立ち上がったビルは、観音開きに壁面を開く。まるで、内側から扉を開けられたかのように。

 俺はそれが、まるで、ではないことを知っている。


「な、なんだ……!?」


 黄金の罪獣が、困惑するのが分かる。俺はその怯えをせせら笑う。


「あれが、お前を裁くものだ」


 ビルを開けて現れたのは、鋼色の人型だった。両肩が塔のように大きく、両腕が太く大きく、脚が箱のように大きい。巨大な人型機械が、その眼を緋色に光らせて、黄金の罪獣ケモノを睨めつけていた。

 あれこそが、裁くもの。この都市というシステムが抱える、罪獣ケモノを打ち倒すための機構。

 裁くものは黄金の罪獣ケモノを確認すると、即座に行動に移った。ビル群に半ば埋もれた脚部、そのハッチを展開。内部から、無数のミサイルを吐き出す。

 白煙の尾を引いて殺到するミサイル。それらは全て、黄金の罪獣ケモノに命中。爆炎が轟音と共に、無数生み出される。


「く、くくく……なぁにが、裁くものだ!」


 だが、黄金の罪獣ケモノは無傷。その声が、喜悦に満ちている。


「破壊してやる、破壊してやるぞぉ!」


 黄金の罪獣ケモノは腕の四本を脚代わりに地に着けて、走り出した。停車していた車が、木々が、進行方向のビル群が、散らかされた玩具のように弾き飛ばされていく。


「かはぁ!」


 異形の咆哮をあげながら、黄金の罪獣ケモノは裁くものへと襲い掛かった。黄金の腕を二本振り上げて、殴りかかる。

 裁くものはそれに応じた。自らの両腕で、黄金の腕を受け止める。四つに組みあった腕の間で、鋼と黄金が火花を散らす。


「かはははは……くっ!?」


 一見互角に見えた、裁くものと黄金の罪獣ケモノ。だが、その均衡は続かなかった。

 じり、じり、と、黄金の罪獣ケモノが押されていく。その握られた指が開かれて、裁くものの鋼の指が食い込んでいく。自力が、違いすぎていた。


「まだ、まだだぁ!」


 だが、黄金の罪獣ケモノは、諦めていなかった。更に腕を背中から前に回す。その指が、針のように伸びた。

 新たな攻撃方法だったが。針が触れても、裁くものの装甲には傷一つつかなかった。むしろ、黄金の針は装甲に弾かれて、あらぬ方向へと曲げられていく。

 無駄な抵抗だ。

 裁くものという、都市の機構に抗うことは出来ない。

 裁くものは、黄金の針を弾きながら、組んだ両手を下ろしていく。そして、巨大な肩の前面を、黄金の罪獣ケモノへと向けた。

 その肩が、開かれる。

 そこから溢れ出たのは、炎。罪を焼く白い浄化の炎だ。


「あ、あぁぁぁ!」


 火焔放射を浴びて、瞬間的に黄金の罪獣ケモノは白炎に包まれた。

 黄金の罪獣ケモノは身を捩り、どろどろに黄金を溶かしながら絶叫する。黄金の罪獣ケモノが焼け落ちるまで、数秒だろう。勝敗は決した。

 俺はそんな戦闘に背を向けて、歩き出した。

 俺の仕事は、真実を暴き出すこと。それはとうに終わっている。

 裁くものの仕事も終わりだ。罪を焼かれたあの犯人がどうなるのか、それはまた別の役割を持つものの仕事だ。

 都市という生物の中で、誰も彼もが自らの役割を果たしている。

 

 俺は探偵。この街に、必要な仕事をしている。



NEXT……033 - raid operations

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885476780

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