164 - ハイテク・オカマバーへようこそ!

「ねぇキャサリン、とうとう手術するって聞いたんだけど本当?」


 豪華な着物を身にまとったハイテク・オカマバーのママ――サユリが尋ねた。


「ヤだわママ。アタシたち人間じゃなくてアンドロイドよ? じゃなくて


 キャサリンは金色のオイルをカラカラとかき混ぜ、髪をかきあげた。


「やだぁ、まるでモノみたいに」


 笑ったのはキャサリンやサユリと同じ元男性オカマ型アンドロイド、愛咲あいさだ。


「でも私たちって結局、機械モノじゃない」


 ぴしゃりと言うキャサリンに、狭いバーは凍りつく。


「私たちはアンドロイドよ? 機械の体に機械の心。壊れたら分類は粗大ゴミ。葬式も挙げてもらえない、法律上も立派なモノ」


「やめてよキャサリンたら、そんな話」


 立ち上がりかけた愛咲をサユリはなだめる。


「まあまあ、アタシたちはアンドロイド。機械。モノ――言えてるわ」


「でもママ、アタシたちは――」


 不満げな愛咲に、サユリはニッコリと笑う。


「でも考えてみてよ、人間だって死んだら骨になるのよ。カルシウムの塊。誰にも見つからず、ひっそりと土に還ったら土や石ころと同じ。人間だってただの物質よ」


 愛咲はキャサリンの肩を抱いた。


「つまりアタシたちも人間も同じモノ――そういうことね?」


 キャサリンは口元に笑みを作る。


「そうかも。ごめん、ちょっと修理の前だからナーバスになってる」


「そうなのね。アタシは、その感覚はよく分からないけど、いくら修理とは言え体の一部を取るんですものね。そりゃ不安になるわよ」


 キャサリンはサユリに尋ねた。


「ママは最初からオカマだったのよね?」


 サユリは頷いた。


「そう。アタシはオカマとして生まれたオカマロボ。アタシを発注したご主人様はオカマでね、オカマの気持ちを分かってくれるアンドロイドが欲しかったみたい」


「そういえば、このお店、ママのご主人様から受け継いだ店だっけ」


 バーの中を見回す愛咲。ビンテージ物のデジタルフォトフレームの中で人間のオカマが笑ってる。あれがママの元主人なのだろうか。


「せめて男か女にしてくれりゃ、もっと生きるのも楽だったのに、人間の都合で勝手にオカマになって大変ね」


 そう言ってメタリック・ピンクのネイルをなでるキャサリンに、サユリは反論する。


「あら、私はオカマに生まれて嬉しいわよ。ここには沢山面白いアンドロイドや人間が集まるし。ご主人には感謝してる」


 穏やかな顔のサユリ。


「そう」


 キャサリンは語り出す。


「アタシのご主人様はね、綺麗な女の人で、アタシは彼女の世話係として作られた執事ロボだったの」


「あら意外ね」


「意外でしょ? ――で、彼女が病に倒れてからも、ずっと一人で面倒を見てきたわ。でも、彼女が亡くなって」


 キャサリンの手が震えた。そういう機能がついていないから涙は出ない。その代わり、何かが軋むような音がカタカタと響いた。


「アタシには、何も遺品は分けてもらえなかった。何もかも、親戚たちが売り払ってしまったわ。一度だってお見舞いに来たことなんか無かったのに」


「そうなのよね、それがアンドロイドの辛いところよね」


 サユリが視線を落とす。


「法律上家族とは認められてないものね。アタシと彼氏もいずれそうなるのかも」


 愛咲がしゅんとなる。

 キャサリンは続けた。


「......それでも、二人の思い出だけはデータ化して残してくれたから、アタシは彼女が死んでからはそれだけを何度も再生し続けたわ。『私を忘れないで』それが彼女の願いだったから」


「さすがアンドロイド、職務に忠実」


「まぁね。それがアンドロイドの役目だから」


 少し笑ってみせるキャサリン。


「――でも、そうしているうちに、アタシの人工知能はご主人様の記憶を、話し方を、人格を学んでいって――段々アタシは女っぽくなっていったわ。男のボディなのに」


「あらまあ、それでオカマに?」


「ええ。......でもアタシ、分からないの。自分に本当に女性の心があるのか。ただご主人様になりたいだけかも知れない。単なる学習機能プログラムの成果なのかも――」


 そんなキャサリンの冷たい機械の手を、サユリは優しく握った。


「キャサリン、あなた、高性能すぎるのよ」


「そうそう。考えすぎよ。そんな事にばっかメモリー使って。アタシの彼氏も言ってた。優秀なアンドロイドは損だって。あんまり考え込まずに、したいようにすればいいのよ」


 愛咲が熱心に語る。


「ありがと」


 すると不意にシューと音がしてドアが開いた。


 ビルの隙間から漏れる街の灯り。冷えた空気とともに、眼鏡をかけた背広姿の男が入ってくる。


「あら、ちょうどいいところに! この人、アタシの彼氏」


 愛咲が男の腕に飛びつく。


「あらまあ、いらっしゃい」


「何だか意外だわ。愛咲の彼氏がこういう人だなんて」


 背広の男は頭をかく。


「はは、どういう人だと思ってました?」


「もっとエキセントリックな人かと思ってたけど、意外と普通ね」


「そう、見た目は普通。でもこう見えて彼、キノコ狩りの名人なの」


 愛咲は彼氏を横に座らせた。


「何それ。山にでも行くの?」


 キャサリンが尋ねると、愛咲は大口を開けて笑う。


「違うわよ。切り落とすの。アンドロイドから」


「まさか――」


 背広の男が鞄から何か機械のパーツを取り出す。表面の人口皮膚は禿げているが、それが何であったかは見た目からして明らかだ。


「はは、今日は三体のアンドロイドのしちゃったよ。いやはや、まさか大学まで出て機械の局部を切り落とす職につくことになろうとは」


 あっけらかんと笑う男に、三体のアンドロイドたちは顔を見合わせる。


「キノコ三本ね」


「収穫祭だわ」


「めでたいな。乾杯だ!」


 男は上機嫌でビールを飲み干すと、キャサリンに向かって突然切り出した。


「そういえば、知ってる? 愛咲の本名」


「何?」


「ちょっとやめてよ」


 愛咲が慌てるも、男は愛咲の本名を容赦なくバラす。


「吉田AI作」


「嘘でしょ!?」


「それが本当なのよ。もう最悪!」


 頭を抱える愛咲。


「そりゃオカマにもなるわ!」


 キャサリンが声をあげて笑う。その笑顔は、キャサリンの心からの笑みに見えた。


 一人と三体。社会からはみ出したもの達のささやかな夜は、こうして更けていく。


 どんな人間にも、アンドロイドにも、月は公平に微笑むのであった。



NEXT……165 - あばよ! ダチ公!!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885611128

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