165 - あばよ! ダチ公!!
「……ヘイ、豪。聞こえるか。こんな時、兜甲児だったらどうすると思う?」
暗闇の中、非常回線からの通信で豪は目を覚ました。ノイズ混じりの音声ではあるが、いつもの軽い口調。どうやらビッグも無事のようだ。まったく奴も俺も運がいいぜ。
「決まってるだろ。兜甲児なら諦めねえよ。ヒーローってのはそういうもんだ」
死と隣り合わせの状況で、何百年も昔の『あにめぃしょん』の話をしているのだから、やっぱり俺たちは重度のオタクだな。豪は主電源の落ちたコクピットでほくそ笑んだ。
「機体の調子はどうだ?」
「右肩部装甲破損、頭部識別アンテナ破壊、左大腿部補助バーニア、スカイハリケーン翼部損傷。大破と言っていいだろう」
「俺の機体も似た様なもんだ。だけど、こういうのを《ロボあにめぃしょん》じゃ、燃える展開っていうんだぜ」
「当たり前だビッグ。絶体絶命のピンチは一番の見せ場だ。マジンガーもガンダムも、最終決戦ではズタボロだからな」
豪は手探りで補助バッテリーの安全装置を解除する。点検以外ではあまり触れたことのない冷たいレバーを下ろすと、振動が機体全身を包み、コックピットの液晶パネルに非常用電源の薄く青い明かりがついた。
モニターに映るのは甲殻類を思わせる巨大な金属の生物の群。銀河の果てから突如現れた《獄生獣》だ。
形のあるものならばなんでも食らう、その宇宙怪獣は月面都市もスペースコロニーも食い尽くし、ついに地球にやって来た。
世界各地の大都市はほぼ壊滅。TOKYOへあと一歩という所まで侵攻していた機械の蟹どもを食い止めるべく出撃した鉄人部隊だったのだが、豪とビッグの二人を残して全滅してしまったのだ。
「ったく、そんな役回りだぜ。二人だけでこの数を相手にしなきゃならねぇなんて」
豪が舌打ちをして操縦桿を引き起こすと、鉄の巨人はゆっくりとその身を起こした。
「こっちは立ってるのがやっとだっていうのにな」
モニターの遥か先にはビッグの鉄人も写っている。片手がもげた鉄人の姿は遠目に見ても痛々しい。
「だが諦めねえ。街には妹がいるんだ。俺は負けねえぞ」
睨みを利かせるが既に機体は大破寸前だ。まともにやりあって勝てるわけがない。
「……こうなったら、あの手しかねぇか」
「ふふ、豪。やっぱり俺たちは似た者同士だな。俺も同じことを考えていたぜ」
「ビッグ、お前は何が好きだった?」
「俺が見た中ではレイズナーだな。V-MAXはカッコいい」
「同意だ。デストロイモードはどうだ?」
「ユニコーンか。それもいいな」
《獄生獣》の群は立ち上がった豪とビッグの鉄人を取り囲んだ。多勢に無勢。だがそんな状況でも二人の軽口は止まらない。
「だが、状況的にはガルドだな」
「伝説の5秒か」
二人とも考えていることは同じだった。この状況を打破できる策は一つしかない。
それも生還の可能性は限りなくゼロに近い、無謀としか言えない策だった。
【リミッター解除】だ。
機体の性能を最大限引き出す奥の手。だが、特殊な薬物投与で強化された人間でなければその激しい機体の機動と、脳に直接操作を委任させるシステムには耐えられない。
豪もビッグも戦線が拡大したことによって補充された新兵だ。薬物の類は投与されたことはない。二人はリミッター解除後の機体の動きには身体も脳も耐えられないのだ。それでも二人は実行しようとしていた。
「憧れの人型ロボットに乗れたんだ。なんの不満もねえ。やるぜ! リミッター解除!」
けたたましい警告音と共にコクピット内の明かりがケバケバしい赤に変わる。
「ぐ、ぐあああ!!!」
ヘルメットに接続された何本ものコードが明滅を繰り返す。脳みそをグシャグシャに掻き回されるような激痛と不快感に目が霞む。
同時に鉄人の機体各部の装甲板が開き、高出力モードへと移行する。
「いくぞぉ!うおおおっ!!!」
獄生獣の群れに向かって駆け出す鉄人。特殊兵装を失い、徒手空拳で挑む鉄人だがリミッターを解除した鉄人の力は凄まじかった。
膝蹴り裏拳、正拳、回し蹴りにかかと落としにラリアット。
獄成獣の放つ攻撃を食らい、腕がもげ、腹に穴が開いても鉄人の動きは衰えない。
無心で戦い続けた二人。
気がつけばあたりは獄生獣の死骸の山になっていた。残りは……7体。
しかし、稼働限界が近づき鉄人の動きが鈍くなる。搭乗者への肉体的、精神的ダメージも甚大だった。
「あと少しだってのに、くそ……」
豪の体はボロボロになっていた。穴という穴から血が吹き出し、視界はシステムに侵され極彩色の粒が広がるだけの世界になっていた。そんな時だった。ふとビッグの軽口が聞こえた。
「……ヘイ、豪。綾波レイだったらこの状況で何をするだろな」
豪にはそれが外部通信なのか幻聴なのかわからなかった。だが、言わんとしている事は手に取るようにわかった。
「それもお約束だぜ」
肩の力が抜けた。自分も同じ事を考えていたのだ。
「ビッグ、俺が一番好きなのは武蔵だ。ゲッターだ。仲間のために最後にできる事は一つさ」
それは『自爆』
そう。自らの命をかけて行われる文字通り決死の攻撃だ。
「ばかやろ。豪には妹がいるんだろ。俺がいく。俺にもたまにはカッコつけさせてくれよ。……お前は生きて帰るんだ」
「待てビッグ!」
止める豪を遮り、ビッグは叫んだ。
「ふっ、一番いいシチュエーションだ。これを言いたかったんだぜ! あばよ!ダチ公!!」
激しい爆音と閃光に視界を遮られる。猛烈な爆風が豪の機体を吹き飛ばす。
「ビーッグ!!」
吹き飛ばされた鉄人の中で、豪は叫んだ。
鉄人は完全に機能を停止。
外部の状況はわからない。しかし、爆発が収まると辺りは静寂に包まれていた。
ひしゃげたコクピットカバーを押しのけて外に出る豪。
獄成獣もビッグの鉄人も跡形も無く吹き飛んでいた。
「……ち。先に逝っちまいやがって」
血反吐を吐き捨て満身創痍の体で豪は立ち尽くした。名もなき戦士の戦いによって地球は救われたのだった。豪は涙を一粒流して敬礼した。
「俺からも言わせてもらうぜ。あばよ、ダチ公……」
『ロボあにめ』オタクの若者によって地球は救われた。歓喜に沸く人々は。きっとこう言うだろう。
「ロボアニメ万歳!ロボアニメ万歳!」と。
完
NEXT……166 - 習作『巨大ロボ ライティンゴー』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885611132
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