088 - スラストフット・バトル・オン!~ヴァイオレットの騎士

 埃っぽさと乾燥の蔓延したガレージに入ってきたのは、一人の中肉中背の男だった。


名はヨアン・アンガージュマン。銀河海兵隊の元中尉であり、「スラストフット」と呼ばれる機動兵器を駆る青年だ。


スラストフットとは、全高8メートルほどの全高を持つ、四肢と推進機構を有する有人人型兵器の総称である。


かつて彼は銀河海兵隊の特殊部隊「イエローフォックス」に所属するスラストフットパイロットだった。だが、入軍したての部下を訓練中に不運な誤射事故で死なせてしまい、その後悔と惨憺の念から自ら軍を退役していた。


埃がいくらか喉に入り、がらがらと軽い咳払いをしながら、ヨアンはスラストフットの目の前に設置されたハンガーデッキのラダーを昇り、昨晩から開放されたままだった胸部のコクピットに乗り込んだ。

機体左部の手すりを掴み、半身でジャンプして一気にコクピットへと体を収める。


コクピットの前方270度は頭部のカメラと連動するモニターだが、まだ何も投影されていない。

右側中心部のやや外れにある鍵穴にキーを差し込むと、APU、つまり補助動力装置が作動する。電子機器系統が息を吹き返し、前面のモニターに次々と機のコンディション、通信状態、兵装の詳細などを文章と記号で表示していく。


ヨアンは「ヴァイオレットの騎士」の異名を有していた。イエローフォックス隊の制式採用機と同じ型の機体の払い下げ品を買い取り、独自のチューンとカスタムを施したその愛機とともに。

彼は銀河海兵隊を除隊後、フリーのスラストフット・バトラーへと転職したのだ。


軍人にしてはやや瀟洒な気風を持ち、また中二病の気(け)もあったアンガージュマン元中尉は、機体を深みのある紫にリペイントしていた。差し入れにビビッドな朱色を入れ、鋭いランスを主力武器とする、あたかも高貴な騎士を思わせる機体へとカスタムしていた。

本音を言えば真紅のマントも羽織らせたかったが、さすがにこのコロシアムではレギュレーション違反であった。

右マニピュレータ及び腕部に全長6メートルの鋭い円錐状のタクティカルランス、左マニピュレータに弾数120発込めの55㎜マシンガン、さらに左肩に8発入りのマイクロミサイルランチャー、それがこの機の兵装だった。


ぶぅん。

モニターが作動し、前方視界270度に周囲の風景が投影される。


彼がスラストフットの起動準備をしている間に、コロシアムのクルー、つまり運営スタッフが機の周りに張り付き、試合前の最終点検に取り掛かっていた。

左側のフックに掛けられていたヘルメットを被ると、声が聞こえてくる。


「通信チェック。ヨアンさん、聞こえていますか?」


「異状なし、聞こえている」


「こちらチューニングスタッフ、兵装がレギュレーションの規定内であることを確認しました。試合開始まで3分です」


「了解、ありがとう」


ここは辺境惑星サバシランドに存在する「スラストフットバトルコロシアム」と呼ばれる場所だった。

中古や払い下げのスラストフットを使い、命を賭したバトルを行う政府非公認のコロシアムだ。

一回の試合で生き残り勝てば、浴びて酔うほどの栄誉とともに、銀河軍士官時代の給与5年から10年分に匹敵する報酬が手に入る。


俺はあのとき、未来あるユーリ曹長を死なせた…本当は俺が死ぬべき場面だった。もう俺の命に価値はない。だが、俺はいっこう死ぬ様子もなく、この銀河の隅々まで広がる人間社会に生かされ続けている。だから、いっそのこと、この一度きりの残りの命を、生死を賭けたバトルと瞬時の悦楽に投じたい…


無線系を操作し、ラジオ回線を開く。


「さぁさぁ銀河のならず者のみんな!あと100秒で熱いスラストフット・バトルの開始だぞ!今日の対戦カードは、かの銀河最強と謳われる海兵隊特殊作戦群『イエローフォックス』出身のエースパイロット、『ヴァイオレットの騎士』ことヨアン・アンガージュマン元中尉、そして宇宙海賊の荒くれもの『ハンマー狂い』ディトナ・モッツ・クロードだ!

ランスとハンマーを主力とする双方、これは熾烈な格闘戦が予想される!

当コロシアム公認スポンサードリンク『ギャラクシーコーク』を飲んで、熱狂バトルをエンジョイしようぜ!

そしてみんなで仲良くお決まりのコールを唱和だ、『命短し戦えソルジャー!』」


セットアップをあらかた終えひと息つくと、クルーが通信に声を入れてくる。


「あと30秒でスタートです!ハンガー外します」


「オーケイ!」


ラダーのついたハンガーデッキが、間横に敷かれた車輪のレールを通って取り除かれる。


最終チェックとして、左手を置くスロットルをぐい、と押し込み、右手の操縦桿を左右に繰る。

空吹きのまま、背部と脚部後部に設けられた半球形のスラスターが、器用な手さばきで軽快に動作した。

機体の全ての準備、セッティングは完了した。あとはこの身を焦がす闘魂を、ならず者の集う闘技場に叩き込むのみ。


「試合開始時刻!ゲート開きます!」


ゲート開放を告げるブザー音とともに、分厚い扉が開く。

目の前には、キャパ3万5千人の観客が、スラストフット・バトルの流れ弾や破片を防御する電磁バリアーに護られながら熱狂して、ごった返していた。


ヨアンは目鼻立ちの整った青年であり、高貴な騎士をイメージした機体を操るので、女性の固定ファンも少なからずいた。

彼を応援する黄色い声も、ちらほらと聴かれる。


「戦闘開始だぁ!バトル、スタート!!」


ぐわぁん。

血への渇望に満ちた鈍重なゴングの音がラジオを通じて鳴り響く。


ぐい。

ペダルを踏みこみ、スロットルを一気に前に押し出した。

推進剤が青白い炎と化して吹かされ、15トンの機体が僅か1.2秒で時速320キロに加速する。


センサーが、300メートル前方に視認された敵機を捉える。

重装甲で丸々とボディを太らせ、巨大などす黒いハンマーを悠々と抱えた機体。

「ハンマー狂い」の異名に誤りはないようだ。


「ヴァイオレットの騎士」は加速エネルギーを活かして軽快に飛翔し、敵機めがけ、ランスを、虚空を穿つように突き出した。


スラストフット・バトル・オン!


NEXT……089 - バーチャルライブアイドル音菜みっこ17歳

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885531248

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