085 - アキバ系ヒューマノイド アイドライザーMK-8

 通販で購入したアイドライザーが遂に届いた。一人暮らしの部屋を占領する梱包のダンボールを解くと、何重もの緩衝材クッションに包まれた生身の人間そっくりの機体が、眼前に姿を現した。

 はやる気持ちを抑え、説明書マニュアルに従って電源コードを繋ぐ。バッテリーに蓄電が開始されるとともに、人工皮膚のまぶたがそっと見開かれた。


「はじめまして、マスター」


 バイト代を切り詰め、大枚をはたいて買った――最新鋭の汎用人工知能(AGI)を搭載したアキバ系ヒューマノイドは、WEB広告の触れ込み通り、人間とほぼ変わらぬ仕草で控えめに笑いかけてきた。

 初めて間近に見る異性の笑顔がロボットというのは複雑な気持ちだが、今はそんなことより、念願のアイドライザーが遂に手に入った喜びの方が遥かに大きい。


「アキバのアイドル文化を極めた最新モデル、『IDOLIZERアイドライザー-MK8』です。あなたの人生にサイリウムの輝きを」


 その日から、夢にまで見たアイドライザーとの暮らしが始まった。

 しかし――。



 ♪ ♪ ♪



「会いたくって、会いたくって、会いたくって、NO! きーみーにー」

「お前、歌もダンスも全然上手くなんねーなあ。それでアイドルって冗談キツイだろ」

「だ、だからっ、こうして練習してるじゃないですか!」

「ダメダメ。そんなんじゃ劇場に立ってもアンチのブーイングまみれだぜ」


 アイドライザーを購入してから、はや二週間。

 毎日欠かさず練習レッスンをしているのに、肝心の歌やダンスは、いつまで経っても上手くならない。


「お前、やる気あんの?」

「あ、ありますよ! わたし、アイドルに懸けてるんですからっ!」

ねえ……。まあいいや、ハイ次、『ヘビーサーキュレーション』やってみな」

「は、はいっ。ふふっ、この曲はちょっと自信あるんですよ? 昨日、YouTubeで振り付け動画をガン見しましたからねっ!」

「お前、御託ごたくだけは毎回立派だけどさぁ……」


 アイドライザーの機体に仕込まれた音響システムから、アキバのアイドルグループのヒットチューンのメロディが流れ始める。


「ゆーうぉんみー」


 歌い出し、いきなり音が外れた。……ああ、まただ。


「お前なぁ……。もうやめるか? 返品するか?」

「やめませんよ! もう一回、もう一回!」

「やれやれ……」


 アイドライザーの汎用人工知能(AGI)の性能は、確かに素晴らしいものだった。このAGIは、流通する全個体が画一の個性を有しているのではなく――主人マスターとの会話の中で、主人マスターの最も望む接し方を学習し、深層学習ディープ・ラーニングによって振る舞いを変えていくのだ。

 それは、アイドル云々以前に、主人マスターにとっての理想の異性の振る舞いを実現するということでもある。その性能の高さをこうしてじかに見れば、全国のモテない人達が大金を積んでこのロボットを手に入れようとするのも分かろうというものだ。


 ただ、まあ、どんなに理想的な異性を模したロボットとの生活を満喫できたところで、肝心のアイドルとしてのパフォーマンスりょくが一向に向上しないのでは、何のために必死にバイトを掛け持ちしてお金を貯めたのか分からなくなってくる……。


「ハァ。もういいからさあ、今日はアキバでデートでもしようぜ」

「えっ。でも、わたし、もっと練習しないと……」

「ヘタクソな歌とダンスに延々付き合わされる身にもなれっての。それより、そんなにこん詰めないでさあ、たまには外に出て気分転換しようじゃねえの」


 ロボットが「根詰めないで」も何もあったものではないが。

 アイドライザーは、一日外を出歩かせても問題ないだけのコミュニケーション能力と蓄電容量を備えている。アキバ系ヒューマノイドとアキバでデートというのも、まあ悪くない。



 ♪ ♪ ♪



「ホラ、見ろよ。あれがアイドルの聖地、アキバ48劇場だぜ。いかにもな服装したオタクが何人も居やがる」

「って、あなたも同じようなカッコじゃないですか」

「お? 言うようになったな。それより、お前は早く、あの劇場で踊ってるアイドル達みたいになってくれよ」

「なりたいですよ、わたしだって。……なんでこんなに才能無くちゃったんだろ」

「才能ねぇ……」


 アイドライザーと一緒に歩くアキバの街は、サブカルチャーの最先端だけあって、そこかしこに生身の人間と見紛うばかりの精巧なロボットが溢れている。メイド型ヒューマノイドが接客するメイドカフェなんて、今さら珍しくもない。

 人は皆、自分を癒やしてくれたり、勇気付けてくれたりする誰かを求めているのだ。それがたとえ機械であっても。


 そんなメイドカフェの一つを適当に選び、アイドライザーと一緒に店に入る。「お帰りなさいませ、ご主人様」と、語尾にハートマークを三つくらい付けて蜂蜜を振り撒いたようなメイド型ヒューマノイドの声が、明るく出迎えてくれる。

 勿論、アイドライザーは機械なので飲食はしないが、アキバの雰囲気を人間さながらに楽しんでいるようなその表情はとても印象的だった。


「少しは元気になったか? 帰ったらまた練習レッスンでしごいてやるから、覚悟しろよ」

「ハイ、ありがとうございます。……ふふっ」

「何笑ってんだよ」

「ロボットが『元気になる』とかって、ちょっと面白くて」

「こんなことに人間サマも機械もねえよ。……ハァ、さっさと一人前のアイドルになりやがれ」


 メイドカフェのテーブルを挟んで向けられるアイドライザーの言葉に、わたしは、こくりと頷く。

 帰ったらまた、練習レッスンを頑張ろう。大きな夢に近付くために。


 IDOLIZERアイドライザー――

 未曾有のアイドル隆盛時代を迎えた21世紀。わたしのようにアイドルを目指す女の子達の需要に応えて生み出された、アイドルレッスン用アキバ系オタク型ヒューマノイド。

 厳しくも優しい言葉でわたしを鍛えてくれる彼がいれば、いつかきっと、わたしも夢を叶えられるに違いない。


NEXT……086 - 目の中の地球は未来を見るか

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885526702

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