057 - アルカナ/リバース
体育の終わった後の更衣室。
そこでジャージから制服に着替えようとした時、私――御影忍(みかげしのぶ)は気が付く。
――ロッカーに制服が入っていない事に。
一瞬の困惑。しかし、それは私だけのものでは無かった。
周囲を見渡すと、飯山(いいやま)さんと目があった。彼女もまた制服が無いのか、周囲の女子が何気なく着替える中、立ち尽くしている。
その事で私は自分達に何が起きたのか、いや正確には――何をされたのかを理解した。
私達の制服は、クラスの誰かの手によって隠されたのだ。
この場所に、男子や他のクラスの女子は入って来れない。
ならば、犯人はこのクラスの女子しか在りえない。
何かの間違いならいい。
しかし、そうとは思えなかった。
何故ならこの数か月の間、こんな事だらけだからだ。
鞄や靴、文房具が無くなり、クラスから離れた所にあるゴミ箱の中から見つかる事ばかりだ。
これが、偶然や間違いとは言えるだろうか。
それだけでは無く、教科書に卑猥な言葉や罵詈雑言を書かれていた事もある。
なによりも、私と飯山さんを取り囲むこの空気が異様なのだ。
そんな私達を見て、いつもみんなが嗤っている。
クスクスと――密やかに。
飯山さんは何かを言い掛けて俯いた。
私はただ、ロッカーの戸を強く閉めた。
どうしてこうなったのか?
私は詳しくは知らない。
ただ、クラスの女子の中で飯山さんが気に喰わないというグループがいた事は知っていた。メガネを掛けた彼女は、本が好きでクラスでよく読んでいて、物腰も穏やかで、どちらかといえば大人しい子だった。
そんな彼女をみんなで無視しないかと、私にもクラスの女子から声が掛かった事もあった。
その誘いに、私は乗らなかった。
それからだ――私にも、こんな事が起きるようになったのは。
◇
数か月後――飯山さんは自殺した。
学校の屋上から、飛んで。
何人かのクラスの女子の名前を書いた手紙と、私への短い言葉を遺して。
飯山さんが自殺してから、一か月後。
私の身の周りでは沢山の事あったが、ようやく落ち着きを見せ始めていた。
最終的に、彼女の手紙に書かれていた数人の女子は退学した。
◇
私は夕暮れの街を下校していた。
その途中、不意に目眩を覚えて公園のベンチで休む事にした。
そんな時、声が聞こえた。
「ヘイ!そこな、ハイスクールガール。アーユーエンジョイ、エブリデ~イ?」
どこから突っ込んでいいかも分からない片言の英語を聞いたら、更に頭痛までしてきた。
目を開けるとそこにはひとりの女性がいて、私の顔を覗き込んでいた。
その女性はニヤリと不敵に嗤っていた。黒いシャツにパンツ姿の格好で、漆黒の長い黒髪を揺らして。
そんな彼女の容姿で一番、私の目を惹いたのは、頬から首筋に入った大きな傷跡だった。
「あなたは……誰ですか?」
その質問に彼女は、こう答えた。
「そうねえ~特に名前なんて無いけれど〝アクマ〟で名乗るのならば『キャリーウーマン』って所かしら?」
嘘つき、どう見ても真っ当な仕事人には見えなかった。
「ありゃ、あからさまな疑いの目。これでもライは言ってないんだぞ~!私はただ、ユーにこれを渡しにきただけ」
そう言って、手に持つアタッシュケースを開いて取り出したのは、携帯にも似た黒いタブレットだった。
◇
家のベッドに寝転がる私は、手の中のタブレットを弄ぶ。
あんな怪しい人間から〝タダ〟とはいえ、どうして物を貰ってきてしまったのか、後悔の念に捕らわれていた。
手の中のタブレットの画面は、電源を入れていないのでまだ黒い。
「この端末を渡すのは、ユーにはチカラを手にする資格があるから。その意思があるなら、電源をオンするがよろし!大丈夫、この力でユーが何をしてもギルティには問われないから!」
何処までも胡散臭い女性の言葉だった。
だと言うのに、私は電源を入れた。
そのタブレットには、タロットの逆さの〝審判〟のカードが映った。
それから私の意識は堕ちた。
夢を見た。
「ごめんね」
家族の為に頑張っていた父を捨てて、出て行った母の言葉だ。
私には未だに分からない。
何故、母が父を棄てたのか。
世界はいつだって理不尽に満ちている。
何が正しいかなんて誰にも分からない。
――飯山さんの事だって。
彼女が私に遺した言葉を思い出す。
「――巻き込んでごめんなさい」
夢の果てに私は――悪魔に出会った。
そうして、私は決めた。
正しさは――私が決める。
◇
「ヒ、ヒギャ――!」
夜の学校に悲鳴が響く。
私が呼び出したクラスメイトの数名の女子――その内の一人が地面から生えるようにして伸びた槍に、真下から貫かれて死んだ。死体は口から血を噴いた。
それを見た他の女子が逃げ出す。
私は――誰も逃がすつもりなど無かった。
「行きなさい――〝ジャッジ〟」
私はそう言って昨日、夢の中で出会った悪魔を呼んだ。
その悪魔は騎士のように漆黒の甲冑を身に纏っている。けれどその肢体は、昆虫のように伸びていて、異形めいていた。
死んだ女子の影から這い出た悪魔が〝ロボット〟のように私の意思に従い、その手に持つ槍で、刃で惨殺していった。
そのうちに、誰かが泣きながら、失禁しながら懇願した。
「た、助けて……おねがい」
「いや……」
私は惨劇の場で、膝をついて吐きながらも答えた。
「どうして、わ、わたし達が何をしたっていうの……!」
「私は知ってる……あなた達がみんなを煽った。確かに一番悪いのは、飯山さんが気に喰わなかったグループ。でも、それに乗っかったのはあなた達。それに彼女達と違って、あなた達は今でもお咎め無しで暮らしている……それが、私には一番赦せない……!」
「そんな事で……こんな事!」
死の恐怖に震えながらも、私を睨む。
「理不尽かしら……でも、私からすればあなた達は理不尽でしかなかった!私達が例え同じように頼んでも、嗤うだけだった筈。だから、私が報いを下す!」
目の前に呼んだジャッジが、刃を振り下ろした。
重い刃が刺さり頭を割り、血を噴き出た。
その光景を見て、私は嗤い続けた。
死ねばいい。
私が認めない、正しくないものは全て。
この光景を漆黒のような黒髪の女性が何処かで覗いて、嗤っていた。
またゲームの駒がひとつ増えたとして――
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