037 - すべてはりょうさんのために
爆発の衝撃で、愛機ごとリョウは地下深くの工廠の中を吹き飛ばされた。
密閉されたコクピットの中で、顔をモニターへ打ち付ける。ハーネスが身体に食い込み、アラート音は真っ赤な光で彼女を包んだ。
だが、すぐに鼻血をグイと拭って操縦桿を握り直す。
「お願いだから動いてよ。いい子だから」
鈍く痛む全身よりも、ロールアウトしたばかりの機体のほうが大事に思えた。
この五年、ずっと待ち続けていた。
まるで我が子のように思える。
長い長い戦争にようやく、終わりが見え始めたのだ。
だが、そんなリョウを見下ろす巨体は、傾いた視界の中で歩み寄ってくる。
『ケッ、意外に頑丈だな……よぉ、おふくろ。少しは考え直したか?』
コクピットがミシリと軋む。
片足で踏みにじってくるのは、白地にトリコロールが鮮やかな機体だ。
リョウの機体と同じ、モビル・モービルである。
産業革命と同時に、列強各国が未開の地を植民地とするブロック経済が発達、それはすぐに列強同士の戦争に発展した。
そんな中、騎兵よりも早く、歩兵の塹壕を超えて進撃する兵器が登場したのだ。
重砲にも匹敵する火力で、複葉機の機銃掃射にも耐える装甲。
モビル・モービルと呼ばれる兵器の恐怖を、世界は知った。
そして、それを開発した皇国だけが、世界を支配したのだ。
リョウの故国、共和国も蹂躙され、多くの人間が死んだ。
どこの国も、モビル・モービルを開発できぬまま滅びていった。
『おふくろ……あんた言ったよなあ? オヤジが死んだ時、言ったよなあ!』
「フレームにダメージなし。油圧チェック、エンジンOK」
『皇国の連中に勝つために……オヤジの仇を討つために、モビル・モービルを作って復讐するって!』
「左腕部ギア空転、動力カット。……しまった、銃が。武器は、他に武器は」
『俺の話を聞け! おふくろ! 俺を、俺のオリジガンを見ろ!』
ヒロイックなその姿は、怒りの騎士だ。
対して、足蹴にされてるリョウの機体は、無骨で角無機質なものだ。色もカーキ色で、耐久度と整備性を重視した姿は厳つい。
天才パイロットである息子に圧倒されながら、リョウは藻掻き足掻いていた。
「ロト……母さんの話を聞いて。最初は復讐だった……あの人の仇を討つことしか考えてなかった」
『なら、どうしてだ! 何がおふくろを変えた! ああ!?』
「この機体が……みんなと作ったエコピィルが、変えてくれたんだ」
『俺と作ったオリジガンだろぉ! 最強のモビル・モービルで、皇国を倒すんだ』
「ロト……一機の高性能試作機じゃ、戦争は終わらせられない! みんなが、全員の力が必要なんだ。大勢の兵士が乗る、このエコピィルが」
オリジガンは、敵を凌駕するハイスペックに仕上がった。
採算を度外視し、あらゆる実験に耐えられるように設計されたからだ。ノウハウのない中、多くの犠牲を払って機械神が生み出されたのだ。
そして、神が人を作ったように、エコピィルが生まれた。
生産コスト、整備性、稼働率に操作性を重視したマスプロダクトモデルだ。
だが、エコピィルの生産ラインが可動し始めた今日……息子のロトはたった一人の反乱を始めた。テストパイロットを務めた、オリジガンを奪って。
「頭を冷やせ、ロト! 誰がお前のオリジガンを整備する? 予備パーツもないんだぞ! 徹夜でデリケート過ぎる機体を直してきた人間を忘れたか!」
『うるせえよ……おふくろ、知ってんだぜ? このオリジガンは、エコピィルの開発母体だ。こいつが敵の手に落ちたら、あっさりエコピィルの弱点がバレる。そうだな?』
エコピィルは完璧な機体ではない。
これ以上開発が遅れれば、全軍に配備する前に共和国は滅ぶ。
だから、妥協せざるを得なかった。だが、リョウは仲間達と妥協点を高く、より高く押し上げる努力を惜しまなかった。
それでも消えない弱点、それはオリジガンから引き継いだ腰部の装甲だ。
前後に屈伸し、左右にスイングする腰関節、その自由度を保ったままの重装甲化はできなかったのだ。
『……それもいいな。おふくろがオヤジを裏切るなら……そんなおふくろを俺が裏切ってもいい訳だ』
「ロト、この馬鹿息子っ! ……情けない。私は、研究ばかりでお前に、息子に愛を注いでやれなかった。お前を天才パイロットとしてしか必要としてやれなかった」
『決めたぜ。オリジガンで俺は、共和国も皇国も潰す。おふくろがそう言うなら、エコピィルの弱点解析のために……おふくろ達以外にオリジガンをバラさせてやる』
「ロト……なら、私はお前を……私の過ちを、この手で――」
絶対絶命の、その時だった。
不意に、銃声が響いた。
そして、オリジガンが大きくよろける。
『なっ……狙撃!? どこだ!』
『お坊ちゃんよぉ……あんましおっかさんを、リョウさんを泣かせるなや』
60mm対物ライフル。エコピィルのオプション兵装だ。
振り向くオリジガンは、見上げる先に片膝を突いたエコピィルを発見したようだ。同時に、鉛の礫が降り注ぐ。エコピィルの標準装備、40mmカービン銃である。
『リョウさん! 助けに来ました! 無事ですか!』
『ロト……手前ぇ! リョウさんに何しやがる、親を何だと思ってやがる!』
『くっそ、オリジガンの装甲を抜けねぇ……腰だ、腰を狙え!』
『リョウさんはなあ……手前ぇが徴兵されねえように、ずっと軍に頭下げてきたんだ!』
『なんでお前がテストパイロットか、わかるか? リョウさんが……ずっと、母親が守ってたんだ!』
無数のエコピィルが武器を構えて集まり出す。
ロトがオリジガンで逃げるべき道を、量産化されたエコピィルの大軍が埋め尽くした。乗っているのは、リョウの部下達……この施設で得た、かけがえのない家族達だ。開発部に資材部、主計科、そして徴用された老人達に学徒兵。皆、共和国の勝利を信じて、油まみれで働いた仲だ。
さすがのロトも、オリジガンを止めた。
その瞬間をリョウは、見逃さなかった。
「ロト……量産機を! このっ機体を! 私達の……この、母さんの産んだ子を、馬鹿にするんじゃないよ!」
胸部を踏み締める白い足を、両手で掴む。
そうして、リョウは……共和国初の制式量産モビル・モービルは立ち上がった。
後に第一次世界大戦と呼ばれる戦いを集結させた、傑作機の本当の意味での産声が響く。その銃声の中で零れた涙の音を、歴史は記録していない。
NEXT……038 - 気持ちをYO!SAY!
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885477914
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