011 - only my arms

 大きくない格納庫に、十数人が作業していた。

 そして、そこに鎮座する10メートルの巨躯、誰もが夢見ていた搭乗型ロボットだった。



 遠くで爆発の音がして、地響きが聞こえる。格納庫の天井がみしみしと軋み、頭上から埃が落ちてきた。

 敵はすぐそこまで迫ってきている。


 ぼくは既にパイロットスーツを着用し、ヘルメットを脇に抱えたまま、その機体を見上げた。


 これは、ぼくたちの『夢』だ。

 ここにいる人々はみんな同じ『夢』を目指した仲間だった。老若男女、職業、国籍、人種、あらゆるものを乗り越えて集った同志だ。

 ほとんどが民間人で、最初は誰もが『不可能』だと思った。

 ――だが、違った。


 専門家でなくても、ぼくたちはお互いの足りないところを埋め合って、高めあってきた。

 だから、ここにいる人たちはみんな欠けてて、みんな尖っている。

 そんなぼくたちは富も名声も必要としていなかった。

 これを兵器として売り出すつもりは毛頭無かった、スポンサー探しのためにそういう名目で作っていたが、このロボットが完成することでたくさんの人が死ぬかもしれない。そうだったとしても、ここにいる仲間たちは後悔することはないだろう。


 ぼくたちはただ、ロボットを作りたかった。

 アニメーションに出てくるような人が乗れるようなロボットを――



 

 ぼくはこの仲間の輪に加えてもらった人間でしかない。

 ぼく自身、特に取り柄があるわけでもない。自分たちで作った操縦シミュレーターで上位に食い込めるだけのテクニックとセンスがあるだけ、あとは雑用係だった。

 でも、ここにいるときはすごく満ち足りている。

 どんなにくだらない仕事でも、仲間はぼくを認めてくれる。

 ――それが嬉しかった。



 ぼくは機体の足下にいる仲間に声を掛ける。


「動かせる?」


「――当然だろ、そのために避難勧告を無視してまで作業してるんだろうが!」

 仲間の1人がクリップボードを持って駆け寄ってきた。それを見ながら最終調整をする。



 ここが攻撃されるまで時間は残されていない。

 ぼくが戦うところを、みんなは見れないだろう。



「――わかってるだろうが……」

 仲間がうんざりしたような表情でぼくの顔を見る。



「「「――戦車より装甲が薄くて」」」



 ぼくたち全員の声が重なる。



「「「――ヘリよりも足が遅く」」」



 これは、ぼくたちの限界点で、妥協点。



「「「――戦闘機みたいに遠くまで飛べず」」」



 そして、ぼくたちが望んだ夢。



「「「――工兵のような繊細さはなく」」」

 

 それでも、完成させたぼくたちの――


「「「――だけど」」」



 ――最高の……



「「「かっこよく戦える!!」」」



 ――ロボットだ。





 ぼくはみんなから羨望の視線を浴びていた。

 ここにいるみんなはロボットを作りたいだけじゃない、乗りたいのだ。


 誰もが『自分が最高のパイロット』だと思っている。

 事実、このロボットを軍に売り出す頃には、ぼくたちは一級のパイロットとして教官や技術者になっているだろう。


 でも、このロボットはそう簡単に作れたわけじゃない。

 何度も融資を打ち切られ、何度も再設計し、何度も壊した。

 新しい原理を作り、新しい素材を探し、あらゆる可能性を模索した。


 だから、ここにこんなものがあるのだ。



「よし、暴れてこい。――本当は俺が乗るべきなんだが、市街地戦の戦績はお前がトップだからな」


「ちゃんと帰って来いよ、レコーダーにかっこいい戦闘シーンを収録してな!」


「シムの対戦でまだリベンジしてないんだから、あんなヤツらに負けないでよね」


「無理しないでね……時間稼ぎさえ出来ればいいんだから」


「――ったくよぉ、完成度80%で出撃とか、OVAじゃねぇんだぞ。きっちり逃げ回れよ」


「――自分の考察では敵は制空権を確保出来ていないので、対空車両が随伴してると思われます。特にAAAに警戒してください、この機体の装甲は機関砲で簡単に蜂の巣になってしまいます。出来れば敵の頭上から攻撃することが望ましいでしょう。戦車と正面からの――」「――こいつの話は省略で――」「――貴様! 何をする!」「――うわやめ」




「……うん、行ってくる」


 仲間が持ってきてくれたハシゴを使って、コクピットに乗り込んだ。

 

 広くない、むしろ息苦しいような空間。だけど、ぼくはそこに居心地の良さを感じていた。


 操縦桿を握り、フットペダルの感触を確かめる。数日前の点検と同じように問題は無かった。



 ぼくはヘルメットを被り、コクピット内のハーネスベルトを着用した。

 コクピットハッチの開閉スイッチを指で弾き、外界との繋がりを遮断される。


 

 薄暗く、何も聞こえなくなったコクピットで1人、深呼吸をした。

 誰も邪魔できない、干渉出来ない、世界で唯一無二の空間。この閉鎖空間こそ、ぼくのいるべき場所のような気がした。


 ぼくは自分の呼吸音を聞きながら、電源装置を稼働させるトグルスイッチを入れる。甲高い騒音と共に機体に電力が供給され、コクピット内の計器類のモニターに光が灯る。

 機体各部の情報を知らせるサブモニターにチェックプログラムの診断情報が追加され、ようやく機体を始動させられるようになった。



 ぼくは必要なスイッチを全て入れ、機体に搭載している武器の安全装置も解除した。


 メインモニターに映し出された格納庫には、誰もいない。

 ただ、目の前にあるゲートは開かれている。

 そこから見える外の景色は、とても酷いものだった。


 赤々と燃え盛る町並み、崩れていくビル、そして黒煙と闇夜で漆黒に染まった空、それはまさしく地獄だった。


 ぼくたちは、もしかしたら地獄に行くかもしれない。


 だって、ぼくがこれからするのは、非戦闘員が兵器に乗って大暴れするというロボットアニメのテンプレだ。


 フィクションではなくリアルで、訓練を受けた軍人たちを相手に戦わないといけない。


 ぼくは生き残れないかもしれない。

 

 けど、これは敵を倒すためにやってるわけじゃないんだ。


 ぼくたちが成し遂げたことを、やり遂げたことを、最後に世界に残すために必要なことだ。


 だから――ぼくは、地獄に赴くよ。


NEXT……012 - 覚醒のヴァルプルギス

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885459601

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