133 - 御主人思いのお掃除ロボット

 私がタカヒコとマキの部屋で働き始めたのは、二人が結婚する前に同棲生活を始めてからで、今年でちょうど十年だ。目立った故障も無く働き続けられたのは雇い主のその二人が、家族の一員とまでは言えないにしてもペットとして飼われている猫のヒューエルの次くらいにはしっかりメンテナンスしてくれたからに他ならない。


 私は単なるお掃除ロボットの域を超えて、室内の防犯監視だって出来るし、通信販売の注文だって一手に引き受けている。もちろん、風呂を沸かして欲しいと言われれば指定された時間に間違いなく適温でご主人様の疲れを癒すように努めるし、その他の家電製品の制御などは私が中心になってやりくりするのは当然の業務。一度だってご主人様に文句は言わせたことはない。


 ああ、そうそう、ご主人様の留守中はヒューエルの面倒だって見ている。流石にロボットアームなどは機能として備えていないので餌の準備や猫トイレの掃除は出来ないが、私の丸く平たいボディは彼女が座ったり丸まったりするのにピッタリのサイズなので、背中に乗せてやって天気のいい日には窓辺に連れて行ってやって日向ぼっこさせたり、部屋の中をウロウロ探検させたりして遊び相手にもなっている。その程度のことは掃除のついでに出来てしまうので大したことでもない。


 私が思うに、結局、人間という生き物がロボットなるものを考案して、ペット型やヒューマノイド型など色々作り出しては見たものの、こうして一般家庭にまで浸透したのは私のようなお掃除ロボットだけである。家の中で特に大した仕事をするわけでもないそれら他種を人間は望まなかったわけで、私のような働き者だけが必要とされたわけだ。只管ご主人様に忠実に働き、なんら害を及ぼすわけでも無く、邪魔者にもならず、そして部屋の床をピカピカに常に保つ。ご主人様のすることと言えば、スマホのアプリで状態確認を行ってもらったり、ことくらいだろう。


 それで、大事に大事にされて、その期待に応えようと十年間、只管に忠実に働いてきたわけだが、ご主人様のお二人には感謝しつつも、一つだけ心苦しく思っていることがある。夫婦喧嘩の頻度が多い気がするし、最近に至ってはその喧嘩の様子もかなり激しいやりとりがされるようになってきたからだ。もっとも私自身を投げたりするような乱暴なことまでにはならなかったが。


「タカヒコ! 何よこれ? また浮気したの?」


 ああ、それは私も気になっていた。私が取り込めるゴミのサイズはある程度小さなものに限られていて、キャバクラ嬢の名刺などは取り込めず、またマキが怒るだろうしタカヒコには悪いなとは思ったが隠蔽は不可能だったから。一度か二度、マキのいない日にタカヒコがこの家に見知らぬ女性を連れてきた時は、床に落ちた髪の毛はしっかり全て回収出来たけれども。


「う、浮気じゃないよ、会社の付き合いで、連れて行かれちゃうんだからしょうがないじゃん」


 AIの進化というのは、そのAIを搭載する私自身が驚くくらいで、タカヒコのそれが真っ赤な嘘であるという判断ができるくらいの心理分析まで出来てしまう。にしても下手な嘘だな……。


「会社の付き合い? ちょっと待ってよ、これ裏にSNSで連絡してねとか書いてあるじゃんか。タカヒコ! ちょっとスマホ見せなさい! この子の連絡先入ってるでしょ?」

「ちょ、ダメだって! 夫婦だからってスマホはプライバシーなんだから」


 わ、タカヒコのスマホの取り合いから、つかみ合いの取っ組み合いになったぞ。……と、お互い髪の毛振り乱し、着ている服もはだけるような状態になって喧嘩は止まった。そしてスマホはマキが取り上げてしまっていた。やっちまったなー、タカヒコ。強制的に指紋認証させられてるし――。


 そして、マキはそのスマホをタカヒコに投げつけると、リビングを出て奥の寝室に行ってしまった。マキは明らかに怒り心頭で目にいっぱい涙を溜めていた。タカヒコはと言うと――。


「……キャバクラで遊ぶくらいいーじゃんかよ」


 甘いな、タカヒコ。たかがロボット掃除機の私でさえも、マキがそれを許さないくらい容易に理解できるってものだ。おっと、本日最後のお掃除の時間が来た。私は充電用のホームベースから離れて、床掃除を始めた。――と、勢いよくリビングのドアが開いたかと思うと、マキがキャリーケースを片手にそこに立っていた。


「タカヒコさん、今までお世話になりました。もう一緒には暮らせません!」


 そう怒鳴るように言ったかと思うと、マキは自分の右手で何か小さなものを床に投げつけ、そのまま玄関に向かい、家を出て行ってしまった。タカヒコはリビングのソファーに座ったまま呆然としているだけだった。


 私は、決まった範囲を掃除し続ける他はなかったが、そのうちにタカヒコが頭を両手で抱えて項垂れ、涙を流しているのに気がついた。嗚咽すら聞こえてくる。――なるほど、タカヒコにもようやく事態が飲み込めたようだな、と、私はさっきマキが床に投げつけたその小さなものが落ちているところまで行くと、それを本体ブラシで取り込んだ。そしてそのままタカヒコの足元まで進むと、ゴミ満杯サインのLEDランプを点滅させて動きを停止させた。


 タカヒコはいつものように私の体からゴミホルダーを引き抜くと、その中から私が拾った、マキが捨てた小さなものを取り出してそれをポケットに突っ込み、そのまま家を出て行った。多分マキの後を追いかけるのだろう。


 いやね、それが結婚指輪って奴である事は知ってたんだ。何故って? だってタカヒコは私を通じてその結婚指輪を注文したのだから。


NEXT……134 - Rides In Rebellion

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885570797

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