101 - 名前をください


人間を模した機体を横一列に並べ、手元のスイッチを入れると一斉にヴン……と起動音が鳴る。

深呼吸をして、ゆっくり秒読み1、2、3……。

喜怒哀楽の表情と、感情による瞳の色の変化をプログラムされた通りに再生することが出来なかった機体が一体。

「これは駄目だな」

手足部分を切り離して廃棄コンテナに投げ入れる。金属のぶつかり合う重い音が、狭い建物内に響いた。

※※※

いわゆる「ロボット」は掃除や接客を担い、さらに人間はそれに癒しを求め始めた。

その需要は急激に上昇し、質より量を重視する企業の下請け工場も溢れるようになった。

それでも、質を求める一部の研究者たちは、そこで廃棄処分となった機体を持ち帰り、新たな付加価値を付けて独自のルートで販売していると聞く。

この工場でも時代の波に乗って下請け生産をしており、俺はいつものように、企業から送られてきた設計書を眺めていた。

最終の確認が終わればすぐにでも作業に入る予定だったが、急な来訪者によりその予定は崩れた。

「こんにちはぁ~。どうもどうも、いいのありますかぁ?」

場違いな口調と共に、履き古したジーンズに派手なアロハシャツを着た男が、まるで自宅のように無造作にドアを開けて入ってきたのである。

彼は名乗りもせず、頭に鳥でも飼っているような髪をかきあげながら、了承も取らずに丸椅子に座る。

開いた口が塞がらないままそれを眺めていると、こちらの反応を楽しむように薄笑いを浮かべている。

まるで常連のような雰囲気を醸し出しているが、俺の記憶が正しい限り初見だ。

「廃棄はそこに積んであるから勝手に漁って持っていけ」

「あーあー冷たいなぁ、そんな無愛想じゃ、いつまでもモテないぜ」

「あんたが誰かは知らんが、用が済んだら早く帰れ」

あんたと違ってこっちは忙しいんだ、という文句を言外に込めて作業台に向き直る。

俺の素っ気なさに苛立ちを覚えたのか、若干尖った声で「こう見えても研究者の端くれでね。ちょいと見させてもらうよ」と席を立った。

コンテナに積み重ねられたガラクタを鼻歌交じりで品定めするように見つめていたが、ふと静かになったと思えば、覗き込んだ姿勢のまま動作が止まっている。微動だにせず、息をしているのかさえ分からない。

なぜかその様子が人間離れしているようで、気味悪さを覚えた。

しばらくして、昨日廃棄したばかりの機体を取り出して「これ貰ってくぜ、じゃあな」と言いながらひらりと手を振って工場を出ていったのだった。

※※※

数ヶ月後、その機体もあの一件のことも忘れかけていたころ、アロハの男が騒々しい音とともに荷物を持って来た。ニヤニヤ笑いを浮かべながら荷解きをするのを横目で眺める。やがて露わになった機体を見て息を呑んだ。

肌の質感や背格好まで同じで、頭が理解するより先に鳥肌が立つ。

「何のつもりだ?」

「この前のお礼。持って帰ったやつがすごくいい仕様だっから、ちょっといじくって持ってきてやった」

「あの時期の機体は女性型だったはずだぞ」

「そうさ、でも俺の手にかかれば型変換なんて容易いこと」

「なんでこんなもんを作ったのかは知らんが、そもそも俺は頼んでないし、要らんぞ。使えないものを置いていくな」

「でもゴミじゃないんだぜ。こいつ喋るし、暇つぶしにはなるさ。ちゃんと飯も食うし」

二の句が告げない俺を嘲笑うようにハハッと乾いた笑いを上げ、彼はあの日と同じように建物を出ていく。

自分と同じ容姿に仕立てあげられた機体を捨てることも出来ず、仕方なく自宅に連れて帰った。

しかしどこかに隠すことも難しく、感情の読めない黒い瞳で眺められるのは気味が悪すぎる。

極めつけに、毎時刻にただ一言、呟き続けるのだ。「名前をください」と。

あまりにもうるさくて、それが止むのならばと、思わず自分と同じ名前をつけてしまった。

はっ、と気づいたときにはもう遅い。

遠い昔、専門学校で習った知識が脳裏をよぎる。生き写しのアンドロイドを作り自分と類似した存在を創り出した場合…ドッペルゲンガー現象により製造者である人間は……乗っ取られる────


男は、都心の駅のトイレで、アロハを脱ぎカツラを取って独りごちた。

「楽しみだなぁ、あの人間がどうなるか」

そして、持ってきたスーツに着替え、新たな暇つぶしを探しに新たな街へ足を踏み入れる。

精巧に作られたアンドロイドと人間との違いなど、数十分の付き合いでは人間の目では分かるはずもない。

ましてや、自分が廃棄した機体に巡り会うなど思いもしないだろう。そして、それが研究者の手によって人間より遥かに凌駕した知識を持っていることも。


ロボットは、今日も働き続ける。

自己中心的な、人間のために。

自らの地位を、常に更新するために。

願わくば、利用し利用される関係に勝つために。


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