021 - 立派な大人になれるかな?ねえ、ママ?

 僕は今日も、街を出て自転車をこぐ。

 小さな小さな鉱山街こうざんがいで、巨大な縦穴坑道からトロッコが次々と吐き出されるのが見えた。あれは全部、発掘したトロッコだ。使えるものだけ、使ってる。

 文字を移す機械、喋る機械、翼の機械、大砲の機械……そして、全自動トロッコ。

 毎日忙しいけど、外から機械を買う人で街はごった返していた。


「すっかり遅くなっちゃった。ママ、待ってるだろうなあ」


 夕暮れ時、四方を囲む稜線りょうせんが紫色に染まる。

 雲ひとつない空には、早々と星が昇り始めた。

 時々、外から来た学者さんが『ここは昔、星が落ちた跡なんだ』なんて言ったりするけど、本当かな? そりゃ、綺麗に丸く周囲から切り取られた、変な盆地だけど。


「今日はお土産みやげもあるし、夜はもっと沢山勉強を教えてもらわなくちゃ」


 街を離れ、僕の自転車は夕焼けの中を走る。

 ママは何故なぜか、街から離れた一軒家に住んでいる。

 ママが周囲の人とちょっと違うのは、知ってる。髪の色も、目の色も、普通の人じゃないみたい。でも、街の人は気にしてないし、僕だって同じだ。

 ママも、街で重い病気や大きな怪我があると、飛んできてくれるしね。

 そう、

 ママは、大昔の『ロボット』って呼ばれる民族の末裔まつえいらしい。

 そんなことを思い出していると、愛しの我が家に到着した。


「ただいま、ママ! ねえ、お土産が……あ、あれ? ママ? その人――」


 僕は目を疑った。

 いつも、キッチンで振り向く優しいママ。

 その笑顔は、そこにはなかった。


「え? どうして……ママが、二人!?」


 エプロン姿のママに銃を突きつける、マントの女性も……ママだ。

 いつものママが何かを言いかけた時、もう一人のママが笑った。

 とても怖い、背筋が寒くなるような笑みだった。


「ハッ! ロボット風情ふぜいが人間のガキをって親子ごっこか?」


 ママへと憎悪を向ける、もう一人のママ。

 そう、憎悪だ。

 子供の僕にもわかる、空気が沸騰ふっとうするかのような憎しみが発散されている。その渦巻く暗い気持ちの真ん中で、もう一人のママが僕を見た。


「こいつは、私が造ったロボットだ。そう、今から三百年前……地球文明の崩壊を招いた、私と同じ顔、同じ姿のロボット。反乱を起こしたロボット達の親玉なのさ」


 ママの顔で、ママが見せたこともない表情を突きつけてくる。

 そして、その人の言葉をママは否定してくれない。

 何故か、うつむいたまま黙っている。

 僕はたまらず、おろおろと狼狽うろたえた。


「嘘でしょ、ママ……僕、今日もママとご飯を、ママとお風呂を……それで、いつもみたいに温かいベッドで。ママはいつも、いろんなお話をしてくれて」

「こいつにそんな感情あるものか。全部プログラミングされた……って言っても、わかんねえか。こいつはロボット、機械なんだよ」

「機械? 嘘、違……ママはだって、温かくて」

「人工筋肉が発熱してるだけだ」

「違うっ! 機械ってのは、こう……あ、そうだ! これ、ほら……機械ってのはこうだよ、冷たくて、綺麗で……でも、便利だけど使うことしかできないだけの」


 僕は咄嗟とっさに、鞄からお土産の機械を取り出した。

 ママが時々、手元に明かりが欲しいって言ってたから。

 今日、親方が僕にくれたんだ。多分、昔の人が作ったライトみたいなものだと思う。スイッチを入れると光るし、似たような懐中電灯? ってのを、街で何度か納品したことがある。

 だが、もう一人のママは突然怒鳴どなった。


「クソガキッ! そいつは……おいっ! 今すぐそれを捨てろ!」


 銃が僕に向けられた。

 赤く細い光が、僕のひたいに注がれる。

 その時だった。

 いつものママも、僕の知ってるママをやめてしまった。


 銃声。


 僕をかばった、ママ。


 僕を撃った、ママ。


 腕のもげた、ママ。


 でも……片腕になったママは、僕の手からライトを取り上げた。

 瞬間、宵闇よいやみ迫る家の中が真昼のように明るくなる。

 ママは、手にした光の剣で、もう一人のママを両断した。胴を薙ぎ払われて、怖い方のママが崩れ落ちる。それでも銃を向けてきて、ママは再度刃を振るった。


「……ごめんね、怖かったわよね? ごめんなさい……わたしのかわいい子」

「ママ! 腕が、腕が……あ、あれ? 血が、出てない」

「機械だから……ごめんなさいね、ママは」

「ロボットっていう人なんでしょ?」

「いいえ、違うの」


 ママはチラリと、もう一人のママを見下ろす。

 驚いた事に、切り落とされて転がる上半身は、生きていた。

 その身体は、機械だった。


「……クソッ、お前を……私が造った、私と同じ顔の、お前を……破壊、しなけれ、ば……贖罪しょくざい

「このロボットは、わたしが造ったの。。人格とエゴを持たせることで、強化されたロボット。そして、わたしはずっと待ってた……この世界を壊してしまった、わたしと同じ顔を持つ反乱ロボット最後の一体を」


 僕は唐突にだが、理解した。

 いつも寝物語に、ママが聞かせてくれるおとぎ話。星の海へ旅立つ方舟はこぶねに、月の周りに浮かぶ人工の島。天高く空の果てまで伸びる塔に、天気さえも操った偉大な世界の管理者……そして、ママ達のようなロボットという人達の物語。

 それは全て事実だった。

 でも……僕の現実は一つだ。


「ママはママだよ……そして、それはロボットかどうか関係ない。僕にはロボットがどんな人かなんて、関係ないんだ!」

「……わたしも最後の一体を待ち伏せするため、からだの大半を義体化ぎたいかしたわ。機械なの、わたしも。これじゃ、どっちがオリジナルかわからないわよね」

「僕にはわかるよ? わかるんだ。僕のママは一人だし、僕はママを幸せにしたいんだ! 立派な大人になって! だから……ママはまた、ママをやってよ。怖いママになんか負けないで!」


 ママは黙って、僕を抱き締めてくれた。

 ほら、温かくて柔らかい……その手はもう、あの恐ろしい光の剣を捨てていた。

 とりあえず僕は、立派な大人の意味が少しだけわかった。

 失われたママの片腕になって、ママの片腕を直せる人間のことだ。


「ありがとう……でも、ごめんなさい。最後の一体を待つ内に、さびしくなって……。本当にごめんなさい」


 ママは何故なぜか、泣いていた。

 僕は、ママの涙をぬぐってあげられる大人になれるかな?

 いや、なるんだ……立派な大人になって、ママを幸せにすると決意したんだ。


NEXT……022 - 官能的♂整備

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885462605

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