055 - 格納庫の秘め事

 人一人見当らない格納庫は、残り火のように輝く白色照明にぼんやりと照らされていた。代わりに薄暗い屋内空間を満たすのは、荒い息遣いにも似た雑音ノイズ

 そして時折、闇の中に散らされる火花。

 格納庫の壁際では、全高10m近い鋼鉄の巨人が二機、その白と黒に染め上げられた機体からだを重ねていた。


 白い空戦機、黒い陸戦機。

 互いの滑らかな装甲はだを擦れ合わせる度、ギィと軋み音が上がる。

 その巨体からすれば恐ろしいほどの静粛性を発揮する二機は、しかし、それでも抑えきれないモーターノイズに身を震わせていた。


 ウィン、ウィン、ウィン、ウィン――――。


 マニピュレータに搭載された200は下らないサーボモーターが、空戦機の白い装甲下で複雑な音を奏でる。丸太ほどもある陸戦機の指は、今まさに、繊細な対地センサーブロックを撫でている所だった。

 たとえ触れられずとも、空戦機はその動きに悶える。

 だから、触れられてしまえば――――。

 比喩では無しに、視界がホワイトアウトしそうなほどの電流が背骨スパインフレームを駆け上がって行く。


 行為の激しさを証明するように、二機が排出する気化冷却剤は格納庫内を曇らせている。熱く、じっとりと張り付くような空気に機体からだは更に熱を帯びる。

 凝結した水滴が、つーっと装甲表面を撫でていく。

 やがて覆い被さる陸戦機のフェイスマスクから空戦機の胸部装甲へと、ぽたりと水滴が落ちて行った。


 胸部装甲に打ち付けられた滴は、小さく弾ける。

 たったそれだけの刺激が、空戦機を軽い絶頂オーバフローへと導いた。

 すっかり過敏になってしまった圧力センサが伝えるパルスに、白い機体は腰の姿勢制御翼をくねらせるしかない。


 カツン、カツン、カツン――――。


 そして高度な集音機能を備えた音響センサは、格納庫へと近づいて来る足音を捉える。誰かがここへやって来ようとしているのだ。

 だというのに、陸戦機は一向に行為を止めようとしない。

 意地悪く細められたレンズシャッターには、すっかり空戦機の反応を楽しむ色が浮かんでいる。やがて二機の頭部ユニットが近付けられると、外部音響スピーカーが作動し始めていた。


 他の何者も知らない、たった二機だけが知る脆弱性じゃくてん

 毎秒1242053829回、甘美な言葉がGHz帯で囁かれる度に、空戦機の防壁りせいは徐々に侵されて行く。

 やがて受け止めきれない過大情報に火照り始めた制御コンピュータは、摂氏300℃は下らないジュール熱で徐々に四肢の制御を乱れさせていく。


 びくり、と腕部が跳ねた。

 緊急排熱システム作動――――

 隠す間もなく全身の複合装甲が開放され、真っ赤に艶めく排熱口が露わとなる。建造されたうまれた時のままの姿を晒している事を自覚し、オーバーフローを起こしつつある制御コンピュータは束の間作動を止めていた。

 そして二度、三度と跳ねた末に、二機は緊急停止していた。




 かちり、と。

 格納庫内を白色照明が照らし、扉が開かれて行く。

 中へと踏み込んで来たのは、不審な音を聞きつけた整備士の一人だった。


「おーい、誰かいるのかぁ!」


 すっかり静けさを取り戻した格納庫には、やはり人一人見当らない。

 整備士は二機を見上げるも、首を捻るばかりで先ほどまでの行為に気付く様子はない。格納庫の秘め事は、今日も気付かれる事は無かった。


NEXT……056 - The Slayer

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885491212

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