160 - FAMM (Fully Automatic Manned Machine)
「皇女様、ばんざい!」
「帝国に勝利を!」
「見よ、あの勇ましい御姿を!」
民衆の視線を集めながら、私はコクピットに続くタラップを登る。近衛兵が数人、急かすような間隔で後ろをついてくる。打ち合わせ通りに手を振ると、彼らはいっそう歓喜に沸いた。
「どうかヘルメットをお取り下さい! 我らに御顔をお見せ下さい!」
豪華なドレス姿にヘルメット。私の今の格好だ。アンバランスではある。
声を無視して先に進む。
ハッチを前にして、見上げる。
全長15mの
それが私の乗る機体だ。
近衛兵に促されてコクピットに入る。
ハッチが閉じると、騒がしかった声がぴたりと止んだ。
静寂の空間。外装とはうってかわって、コクピット内はまるで狭い独房だ。三面に配置された小さなディスプレイと、鉄の板そのままのシート。真ん中には操縦桿が一つきり。
シートに座り、ベルトを締め、手元にあった薄い操作マニュアルを取る。
オーナメント・Pへ ―操作マニュアル―
“何もする必要はない” “耐えろ” 以上
右手で操縦桿を握る。
『生体認証OK。システム起動。これより当機は、完全自動モードに移ります』
―――
――長年に渡る帝国と王国の戦いは熾烈を極めていた。
戦火は拡大し、兵士は次々と倒れ、お互いが疲弊していった。それでも戦いは終わらなかった。やがて無人兵器が投入され、血の流れない戦いは互いの領土を焼き尽くしていった。
そんな泥沼の中、数年前、一つの条約が締結された。
『使用する兵器は有人機のみとする』
この条約が締結されたことにより、戦闘、偵察を問わず、兵器の起動には生体認証デバイスが必須になり、有人機が前提となった。
それで戦いは終わると思われた。命の重さ、戦争の悲惨さを知り、平和に向かうと思われた。でも、そうはならなかった。
帝国の無人機技術は王国よりも上で、それをドブに捨てるのは勿体無いと連中は考えた。
そうして、一つのシステムが生み出された。
完全自動有人機――Fully Automatic Manned Machine。
略してFAMM(ファム)。
兵器の活躍はパイロットの技量に左右される。だがその育成には時間と労力が要る。ならばパイロットは乗せるだけにして、戦闘はシステムに任せればいい。つまりはそうした頓知の結果だ。
もちろん、これは王国どころか帝国内にすら簡単に知られてはならない最高機密。
そしてこのインペリアル=BもまたFAMMだった。
戦車や戦闘機という既存の兵器ではなく、実験段階の
―――
やることは簡単。
有人機であることを示すべく、生体認証機能のついた“何の意味も無い”この桿を握り続けていればいい。後はこの機体が勝手に動く。
私はただ生体認証を示し続けるためのオーナメント(お飾り)だ。
ヘルメットのミラーバイザーを上げ、左手の指で目元の汗を拭う。それから首元に指先をうつす。固いものが触れる。
首には、装飾品に隠れるようにして無骨な首輪がついていた。
『バイタルサインチェック。呼吸に若干の乱れを確認』
無機質な合成音声が私を煽る。
この認証に“本物の”皇女かどうかは含まれていない。
つまり――私は、
皇女と同じ服装で仰々しく出撃し、“美しい容貌と素晴らしい天才操縦技術で帝国を勝利に導く英雄”――を演じる
クソッタレが。
選ばれるのは、主に皇女と似た背格好の女。立場はだいたいが囚人や、そのあたり。要は、人権の無い人身御供。私もその一人。
私にとってこれが皮肉なのは、皇女をよく知っているからだ。因縁といってもいい。
数年前までは私もこの戦争は他人事で、今のあの女と同様に、お付きに囲まれながら映像を見ていた。そういう立場だった。
色々あって“家庭の事情”やら“ちょっとしたやらかし”の結果、今はここにいる。
―――
首輪は一種の爆発ボルトで、機体が戦闘不能になった瞬間に吹っ飛ぶ。もしハッチを開けられても、私の頭は“誰だか分からないくらいまで損壊する”ようになっている。よく出来たセーフティだ。
私の名前はオーナメント・P-17。17番目のPrincess。その前の16人は、超高機動の機体に揺さぶられ続け、身体か精神が壊れればすぐに捨てられたという。
「まったくもって、クソッタレ」
思わず声が出た。
『クソッタレ、ですか』
合成音声が返してきた。
「あんた、喋れるの」
『開発者の“些細なイタズラ”だそうです。録音はされていません』
「なにそれ」
私は笑った。
『バイタルサインの安定を確認』
「気が抜けた、っつってんのよ」
『引き締めて下さい。この機体は人間の限界を考慮されていません』
ドレスの下には、いちおう耐Gスーツが着用されている。
とはいえ、これからこの身体にはそれを上回る負荷がかかるだろう。
「今までの搭乗員記録は」
『1.1回が4名。1回が10名。0.1回が2名です』
「0.1って」
『出撃直前に失神されましたので』
私はもう一度笑った。ほとんど使い捨てだ。笑うしかない。
だけど。
『エチケット袋はシート左側です』
どうせ。どうせこの棺桶に乗せられるなら。
「三半規管には自信があってね」
――徹底的に、食らいついてやる。
『乗機を歓迎します。これよりひとときは、貴方がPrincessです。どうぞ楽しい時間をお過ごし下さい』
耐えて耐えて、ゲロ吐いても、鼻血出しても、桿にしがみついて。
今度はあのタラップで、思い切りヘルメットを取ってやる。実は私だったんだって叫んでやる。そうしたらあの女は、映像の向こうでどんな顔をするだろう。
顔がにやける。
その瞬間、凄まじいGと共に、私を乗せたインペリアル=Bはカタパルトから射出された。
NEXT……161 - やせいの ロボットが あらわれた !▼
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885603942
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