149 - 参上、奇跡の交代要員

 緑色の光球が膨れ上がり、やがて急速にしぼんで消えた。いまだ炎と黒煙を上げる街並みをあとに、戦いを終えた鋼の女神がゆっくりとした足取りで歩きだす。

 なだらかな丘陵地にぱっくりと開いた空洞。全高二十メートルの戦乙女はぼろぼろの姿で這うようにそこにたどり着き、吸い込まれるように姿を消した。



〈シンヤ君! 返事をして、シンヤ君!〉

 救護班の女性スタッフが懸命に呼びかける声が、マイクに拾われて耳に届く

 秘密機関トリスメギストスの戦闘指揮官・鏑木ヒサコは苦悩していた。


 ――人類の未来を拓く未知の超エネルギー「メルクリウム」に引き寄せられて来襲する、謎の生体兵器「バジャー」。

 それに対抗すべく作られたのが、トリスメギストスが現在二体を保有する、成人女性を模した姿の半有機巨大ロボット「メルクリオン」だ。


 一号機のパイロット、巴シンヤはこの半年よく戦った。一か月前の戦闘で二号機が大破、パイロットさざなみミナミが全治二か月の重傷を負って以来、彼一人でバジャー四体を続けて撃破している。だが今回の「バジャー18号」との戦いは、これまでになく過酷なものだった。


 今日は勝てた。一号機の損傷はコクピット周囲のユニットを入れ替えれば何とかなる程度だ。だが、次は――乗せるべきパイロットがいない。


「大丈夫だ。あいつはそう簡単に死んだりはせんよ……私の息子だからな。だがミナミに続いてシンヤも戦線一時離脱となると、いささか厳しいか」


「巴司令……」


 発令所に入ってきた痩身の中年男をみとめて、ヒサコはごくりと唾をのんだ。


「厳しいも何も、メルクリオン各機とパイロットは不可分です。このままでは」


「そうだな。早急に手を打とう」


 まさか。打つ手などあるわけがない――ヒサコは思わず視線を足元に落とした。メルクリオンとパイロットの間には、母と子のそれに匹敵する強い共依存関係が必要とされるのだ。


「君の懸念はわかっている……だが可能性はある。あの男を呼ぼう」


「あの男……?」


「『可動者ザ・デュナミス眉庇まびさしトウゴ。いかなる戦闘ロボット兵器にも搭乗し、正規操縦者によるオペレート時の90%に相当する性能を発揮させる。いわば異能者だ」


「そんな人物が」


 そう。いたのである!


 数日後、国ロ防連(国際ロボット防衛チーム連絡互助会)のマークを付けたティルトローター機がその男を運んできた。ヒサコは巴司令とともにヘリポートで彼を迎えた。


「初めまして。眉庇トウゴです」


 およそ二十代に見える細身の容姿。黒いパイロットスーツにはメルクリオン用のものに酷似したアタッチメントやコネクターが随所に配置されているが、もとは何か違うシステム向けに作られたものらしい。


「要請からだいぶ時間がかかったな。その間に敵が襲来しないかとひやひやしたよ」


「申し訳ありません。北欧で展開していた『ニドヘグ』との戦闘が長引きまして」


「『スキーズブラズニル』隊のウールヴヘディンだね? それはご苦労だった。あんな悍ましい機体ものによくも――」


「仕事ですからね。それに巴司令、悍ましいというならメルクリオンも――」


「……ああ、悪かった。だがそれ以上は言うな」


 トウゴはそれきり口をつぐんだ。


「ともかく、次の出撃時はよろしく頼む。もちろん報酬ははずむとも」



 メルクリオンを適合者以外のパイロットが動かせるはずはない――そんな大方の予想を裏切って、眉庇トウゴは見事に一号機とのリンクを果たした。


 そして翌週。空中に浮遊する巨大な球体の形をしたバジャー「19号」が襲来し、トウゴは修復率80%の一号機で出撃した。



〈神経接続、85%を維持しています。問題ありません〉


〈バジャー19号との接触まで20秒と予測……〉



「メルクリオン……僕のメルクリオン一号機は……!?」


「シンヤ君!」


 発令所に飛び込んできた巴シンヤは頭に包帯、右足にギブス。点滴スタンドに輸液パックをぶら下げ、松葉杖を引きずるようにして荒い息をついていた。

 正面のモニタースクリーンには、格闘戦装備「ハーモニック・サバイバーナイフ」を手に今まさにバジャー19号に躍りかかろうとする一号機の姿。


「う、嘘だ。なんで……」


 スクリーンに縋りつくようにシンヤはその場に膝をついた。一号機の動きは決して完調とはいいがたい。だが、押していた。バジャー19号から無数に伸びてくる高速の触手攻撃をかわし、そのすべてをナイフで斬り捨て、コアに肉迫――


 スクリーンに緑の光が充ちた。


「バジャー19号の消滅を確認! メルクリオン一号機を回収します」


 眉庇トウゴは確かに、やってのけたのだ。




「メルクリオンは母子の絆に近いもので動くんだろう? だから僕は自分に暗示をかけて、なり切ったのさ。『お世話したくなる他所の子』にね」


 ヘリポートまで見送りに出たシンヤに、トウゴは優しく微笑んでそう答えた。


「可能なんですか。そんなことが」


「君の見た通りだよ。それに僕はかつて、よく似た認証システムを持つ『バブミオン』のパイロットだった。パートナーを失って乗れなくなったから、こうして他のチームの助っ人をやっているけどね」


 失った、とはたぶん死別したということなのではないか。それでも戦うのをやめないのか、この人は。シンヤは唇をかんで俯いた。


「ではこれで。次はイスラエルの『純潔機ナルヴァイバー』のチームを助けなきゃならない」

 

「待ってください。それって確か、し、処女の女性パイロットしか……?」


「まさか、って顔だね。なに、何とかなるさ。うまい具合に僕はその……まだ童貞だし」


「そんな馬鹿な理屈……!?」


「あそこは防衛チームの中でも飛びぬけて裕福だ。報酬が楽しみだよ。たぶんホルモン投与でひどい副作用を被るから美味い仕事とはいえないが、それでもやらなきゃならんのさ」


 ――パートナーのクローン再生費用を稼ぐために、ね。


 その言葉を最後にトウゴは飛び立っていった。


 ありとあらゆる悪の組織、敵性生命体、宇宙からの侵略者――それらが一斉に襲いかかった地球を守るために、巨大ロボット兵器を擁して戦いを繰り広げる各地の防衛チーム。

 それらが統合されるのは、もう少し先のことである。



NEXT……150 - 最終話『さらば平成!昭和と共に去りぬ!』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692/episodes/1177354054885588599

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