6-2 竜虎、駆ける



 竜虎りゅうこ無明むみょうを背負い、宿へと向かった。後の事は姮娥こうがの一族の問題だ。もちろん気がかりではあったが、それよりも無明むみょう白笶びゃくやの事が心配だった。


 一体、自分たちが去った後に何があったのか。無明むみょうは無傷だったが、隣に白笶びゃくやがいなかったことがその答えのような気がする。


 それに加えて渓谷の妖鬼。あの狼煙ろうえんがなぜか「頼み」を自分にした。特級の鬼であるはずの彼が、ここにいる理由も解らないまま。


(とりあえず無明むみょう清婉せいえんに預けて、それから、)


 背中から体温がほとんど感じられない。それほど疲労しているのだろう。上空には未だ消えない、白い光を湛えた見たこともない陣が展開されている。玄武の時もそうだったが、展開された陣は、夜が明けるまで残っていた。


 陣を保ったまま霊力を消費し続けた状態で、幽鬼まで消滅させた。こんな風になるのも頷ける。竜虎りゅうこはゆっくりと歩を進めた。走れば身体が揺れ、落ち着いて休めないと思ったからだ。


「お前は、本当に神子みこ····なんだな、」


 いつか本当に遠い存在になってしまいそうで、なんだか戸惑う。いつまでこの関係でいられるのだろうか、と。紅鏡こうきょうに戻ったら、どうするつもりなんだろう。今のままではいられないに決まっている。


 無明むみょう神子みこであることを公にしなくても、いずれは知られることだ。


「俺は、いつまでお前の傍にいられるんだろう」


 この旅が終わったら、なんだか目の前からいなくなってしまう気がしてならない。


 だって、そうだろう?


 この国の神子みこになるということは、穢れを祓い続ける役目を担う。その命が尽きるまでその身を捧げ、かつての神子みこのように、自分を犠牲にしても烏哭うこくと戦うに違いない。


 竜虎りゅうこは左肩に凭れている無明むみょうの顔に視線だけ向け、その寝顔に口元を緩める。先のことなど、その時に考えればいい。


 今は、間違いなく傍にいるのだ。


 竜虎りゅうこはほんの少しだけ足を速め、薄暗い路を行く。陣が照らすその路は、どこまでもあたたかく、怖いものなどなかった。



****



 清婉せいえんは恐る恐る宿の扉を開く。外は静まり返っていて、少し前までの騒ぎが嘘のようだった。が、その先に広がる光景にあわわっと口を塞いだ。それもそうだろう。いつの間にか路の至る所に人々が倒れているのだから。


「お、お、女将さんっ! 大変です! 人がたくさん倒れてますー!!」


 目に映った状況をそのまま叫ぶ清婉せいえんの声に驚いて、女将が顔を出す。まだ夜も明けていないと言うのに、何の騒ぎかという顔だ。


 女将はこの宿に結界が張られていたことも知らないし、数刻前まで起こっていた事すら気付いていないのだ。


「お、大きな声で、どうなさいました? 人がどうしたと? ひぃいっ」


 扉の前に立ち塞がっている清婉せいえんの間から、女将もその光景を目の当たりにし、思わず短い悲鳴を上げた。自分の宿の前に、寝間着姿の老若男女が大勢倒れているのだから無理もないだろう。


「と、とりあえず、皆さんが無事か確かめないと! 女将さんはお医者様を呼んできてください!」


「は、はいっ」


 女将は着替える余裕もなく、髪を整えることもせずに、駆け出す。慌てすぎていたせいもあって、頭上がいつもの夜よりもずっと明るいことに気付かない。足元が良く見えるな、くらいの感覚で全力疾走する。


 清婉せいえんは近くにいる者から息をしているか確認し、路の端にひとりひとり抱えて並べていく。皆、息もあり眠っているだけのようで安堵する。


 そんな中、遠くの方から人影が近付いて来るのが見えた。その姿がはっきりと判明した時、清婉せいえんの顔に笑顔が浮かぶ。


竜虎りゅうこ様! と、無明むみょう様も、無事だったんですねっ」


 背中で眠る無明むみょうの顔色は闇夜でも判るくらい青白く、どこか苦しそうでもあった。心配した清婉せいえん竜虎りゅうこの背から無明むみょうを丁寧に降ろして、そのまま抱き上げた。


「大丈夫だ。少し霊力を使いすぎて寝てるだけだ。先に宿の寝台に寝かせてやってくれ。俺はもうひとつ用があって離れる。ここは任せていいか?」


「はい、お任せください。今、女将さんがお医者様を呼んできてくれると思いますので、きっと大丈夫でしょう」


 頼んだ、と竜虎りゅうこは言い残し、そのまま背を向けて走り出す。軽くなった身体は、思っていた以上に霊力が回復していた。


 まさか、と竜虎りゅうこは一瞬不安を覚える。無明むみょうがなにかしたんじゃないか、と頭を過った。姮娥こうがの邸を出る前までは、自分でも自覚するくらい、霊力が尽きていたのだ。


 こんな短時間でどうにかなるわけがない。


(あとで礼を言わないと、)


 竜虎りゅうこは白帝堂へと向かう。白虎の堂のあるその場所は、都から少し離れている。そこまで走り切るには十分だろう。あの鬼の言うことが確かなら、そこに白笶びゃくやがいるのだ。


 竜虎りゅうこは来た道を戻るように再び駆ける。今夜は走ってばかりだ、と自虐的な笑みを浮かべた。



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