2-7 白笶と妖鬼


 それはこの鬼の力なのか、どこかに灯りがあったのか、辺りを見回す余裕がなかった。


 眼を逸らせない。


「でも本当に、俺は、君を知らない」


「ずっと眠っていたから、思い出せないだけ。身体のどこかに印があるでしょう? それがあれば間違いない。俺があなたを間違えるはずがない。匂いも一緒だし」


 手を添えて身体を起こさせ、顔を近づけてくんくんと犬のように鼻を鳴らす。呆然とされるがままになっている無明むみょうなどお構いなしに、羽織に触れて肩から滑らせる。


 さすがの無明むみょうもその行動には驚きを隠せず、思わず声を上げる。


「え? ええっ! ちょっ······な、なにを?」


「俺が確かめてあげる」


 脱がされた水浅葱色の薄い羽織がそのまま地面に広がり、白い上衣に両手が掛けられ、ゆっくりと肩から肌を剝き出しにされた。


 胸の辺りまで露わになったその時、無明むみょうの頬すれすれになにか鋭いものが風のように飛んできて、鬼はそれを右手の人差し指と中指でいとも簡単に受け止める。


 そこには透明で青白く光る、長細く鋭い飛針があった。


「あっぶないなぁ。このひとを傷付けたらどうするつもり?」


「それはあり得ない」


「怖い怖い」


 上衣から手を放し、鬼は無明むみょうの視線越しにその先に現れた人物に向かって言った。


 肩を竦めて笑いながら言っているが、眼はまったく笑っておらず、むしろ冷ややかでさえあった。


 そんなやり取りの中、無明むみょうは我に返って、慌てて肩からずり落ちていたままの衣を直し、地面の羽織を握りしめる。そして、首だけ斜め後ろに向いて、鬼の視線の先を追う。


 そこには、何を想像していたのか青ざめた表情をしている竜虎りゅうこと、無表情だが、静かに怒りを湛えている白笶びゃくやが佇んでいた。


「やっぱり追って来たか。さっきはどうも」


 ぽいっと指の中の氷の飛針を投げ捨て、代わりに手をひらひらと振った。無明むみょうをさらった時、同じような氷の飛針が鬼の頬を掠めた。


 頬の傷はもう消えてなくなっているが、その攻撃をしてきた者の事はしっかりと捉えていた。


「離れろ」


 今まで聞いたことのないくらいより低く、目の前の者を牽制するような声。首を戻して、思わず鬼の方を無明むみょうは見上げる。


 鬼は口角を上げて、挑発するかのように無明むみょうを片腕で抱き上げ立ち上がると、べぇと赤い舌を出して、白笶びゃくやをからかうかのように後ろに飛んだ。



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