1-7 三人だけの秘密


虎珀こはく、あなたは余計なことをしないでっ」


「夫人、相手はまだ幼い子供です。手をあげるのは感心しません」


 虎珀こはくは義弟たちの間に立ち、夫人を諭そうとするが、十五歳の少年に言われたことで、ますます姜燈きょうひ夫人の顔が苛立ちを顕にする。


 いつまでも収集がつかない現状に宗主は、仕方なくこほんとひとつ大きな咳をした。このままではここに集まっている従者や他の術士たちに、恥を晒すだけだ。


「とにかく、無事だったのだから良いだろう。落ち着いてからふたりに事情を聞けば、なぜこのようなことになったか解る。決めつけるのはよくない」


「なんですって!?」


虎珀こはく、三人を邸まで頼む」


 宗主は有無を言わさず、夫人の肩を抱いて先に去って行った。続いて他の術士、従者たちがやれやれという顔で去って行く。


 残された四人もその後をついて行く。前を歩く虎珀こはくの後ろで、三人は大人しく綺麗に縦一列になって歩いていた。


 弾むような足取りで、一番後ろを歩いている無明むみょうを、こっそりとふたりは振り向きながら歩く。


「なあ······本当にだいじょうぶか? 母上の平手打ちは最強に痛いんだ。俺も一回されたことがあるからわかるよ、」


 大切にしていた花瓶を割ってしまった時、竜虎りゅうこはそれをくらっていた。頬ではなくその時は手の甲だったが。


 璃琳りりんはおずおずと竜虎りゅうこの袖を掴み、俯いているようだ。そもそもこうなったのは、璃琳りりんが森に行ってみたいという駄々を、竜虎りゅうこが同じく興味本位で叶えてしまったせいだった。


 森は危ないというのは知っていた。しかし昼間なら妖者ようじゃもいないので、問題ないと思ったのだ。


 その結果道に迷い、宛もなく彷徨ってしまったせいで、このような事態になってしまった。


「こんなの、全然へーきだよっ」


 いつもなら自分たちをいらっとさせるへらへらした笑い方が、今はなぜかふたりを安心させる。


「でも、俺が術を使ったのは内緒にしてね?」


 人差し指を立て自分の唇にあてると、ふたりだけに聞こえるように耳打ちする。理由は聞かず、こくりとふたりはただ大きく頷いた。


 この瞬間、この夜のことは、三人だけの秘密となったのだ。思えばこの時から、無明むみょうの才能は開花していたのだ。


 たった十歳で、しかも符だけで、あの凶暴な妖者ようじゃを倒したのだから。


 竜虎りゅうこはこの日を境に、自分からすすんで厳しい修練に励むようになる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る