5-6 姮娥の邸へ



 竜虎りゅうこ清婉せいえん、そして偶然出会った朎明りょうめいたちは、都の外れ、竹林の中にある姮娥こうがの邸に向かいながら、都の事に関して知っていることを話し合っていた。


 朎明りょうめいは口数が少ないが、質問にはしっかりと答えてくれた。もちろん話せる範囲で、だ。


 姮娥こうがの一族には姮娥こうがの一族のやり方があり、部外者に知られたくないこともあるだろう。それを理解した上で、竜虎りゅうこは言葉を選んで訊ねる。


「それで、薊明けいめい宗主の具合は? 他の術士たちは?」


 歳の近いふたりは、最初こそ敬語だったが、途中からはそれぞれ話しやすい話し方に変わった。


 道を案内をするため前を歩く朎明りょうめいの足が、ぴたりと止まる。少しして竜虎りゅうこたちの足も止まる。


「母上には会えていない。姉上は問題ないと言うけれど、実際その姿を見ていないから、断言はできない」


蘭明らんめい殿が言うなら心配ないんじゃないか?」


 別に楽観的に言っているのではなく、噂に聞く宗主の長女蘭明らんめいは、聡明なだけでなく人当たりも良いので、公子たちの間でも評判が良かった。


 実際、竜虎りゅうこも何度か言葉を交わしたことがあったが、いつでも優しく笑みを浮かべている、おっとりとした美しい女性だった。


 逆に、目の前にいる朎明りょうめいは、あまり表情が変わらず言葉数も少ない、寡黙な美人という感じだ。


 特に目元が宗主にそっくりで、背も竜虎りゅうことほとんど変わらない。


 白笶びゃくやを女性にしたような感じと言えば、想像がつくだろう。今日はだいぶ話している方だ。

 いつもは姉や妹の言葉に頷いているか、短く答えるくらいで、無口というか大人しい印象がある。


 弓の腕が五大一族の中で一番優れており、三姉妹の中で唯一、姮娥こうがの一族の特別な力を受け継いでいた。

 つまり長女の蘭明らんめいではなく、次女である彼女が、次期宗主候補なのだ。


「君は、あんなところで何をしていたんだ?」


「······私は、」


 朎明りょうめいは身体半分だけ後ろを向いて、そのまま視線を地面に向ける。何か言いたげなのが解るが、話しづらいのだろうことも見て取れた。


「俺たちでよければ力になれるかもしれない。白群びゃくぐん白笶びゃくや公子も一緒なんだ。邸の前で合流する。その時まででいいから、考えておいて欲しい」


「······解った」


 朎明りょうめいは再び前を向き、止めていた足を再び動かす。陽も暮れ始め、外は薄暗くなってきていた。


 清婉せいえんはそんなふたりのやり取りを黙って見ていた。公子たちの話に従者が割り入るのは本来は禁じられている。

 そもそも公子たちと普通に言葉を交わしていること自体、あり得ないことなのだ。


 無明むみょうたちがあんな感じで、白群びゃくぐんの人たちも気軽に話しかけてくれていたので、清婉せいえんは随分と長い期間忘れていた。


無明むみょう様たちは、従者である私をなぜか守ってくれる。私が彼らにしてあげられることは、あまりないけれど、)


 それでも、彼らが怪我をしたり、悲しい想いをするのだけは嫌だった。無明むみょうを蔑んでいたあの日々を、時間を戻せるならやり直したい。

 だが時間は戻らないから、それ以上に尽くすことで少しは許されるだろうか。


(いや、許すも許さないも、無明むみょう様にはないのかも······)


 そもそもそのことについて、無明むみょうは「反応が面白くて、つい、」と言っていたのだ。それが本音かどうかは解らない。


竜虎りゅうこ様も、危険を承知で、自分を盾にして守ってくれたし、)


 あの巨大な黒蟷螂くろかまきりのことを思い出すと、今でもぞっとする。足手まといにはなりたくない。そんな気持ちが清婉せいえんの中で大半を占めていた。


 それでも、ついて行くと決めたのだ。物理的には無理でも、違う意味でふたりを守れるように。


 あの日、碧水へきすい市井しせい雪鈴せつれい雪陽せつように貰った、白い鞘に銀の装飾の付いた守り刀を胸元で握りしめる。

 お守り代わりにと貰ったその守り刀が、なんだかずっしりと重く感じた。



 この時の清婉せいえんは、人ひとりを守るということが、どれだけ大変であるかを知らなかったのだ。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る