5-7 宗主代理



 竜虎りゅうこたちが邸の大きな門の前に辿り着いてから少しして、無明むみょう白笶びゃくやが姿を現した。

 外は薄暗くなっていて、ふたりがそこに現れる前に、門にぶら下がっている左右の灯篭に火が灯されていた。 


「大丈夫か?」


 思わず、無明むみょうに訊ねていた。それくらい、顔色が悪かった。

 今は白笶びゃくやの横に立っているが、ここに着くまでは背負われていて、灯りが見えた頃に下ろして欲しいと頼んだのだ。


「へーきへーき。それより、このひとは?」


姮娥こうがの一族の宗主の次女で、朎明りょうめい殿だ。朎明りょうめい殿、こいつは俺の義弟で第四公子の無明むみょう


無明むみょうです、どうぞよろしくっ」


「はじめまして、無明むみょう殿。お久しぶりです、白笶びゃくや兄さん」


 背の高い少女を見上げ、無明むみょうはわざとらしく雑に腕を前で囲い揖する。


 朎明りょうめい無明むみょうと、その後ろに控えるように立つ白笶びゃくやに丁寧に挨拶をした。白笶びゃくやも同じく挨拶を交わした。


 ふたりの関係は従兄妹で、現宗主の妹が白笶びゃくやの今は亡き母だった。


白笶びゃくや兄さんが玉兎ぎょくとに来るのは、十年ぶりですね」


「······ああ。そうだったな」


 どちらも口調が平坦で、抑揚がない。白笶びゃくやの左横で、無明むみょうはふたりを交互に見つめる。


「ふたりって雰囲気が似てるね!」


 竜虎りゅうこは思っていても口にしなかったが、率直に無明むみょうが言葉にしたので、おい、と肘で腕を突いた。


 そんな中、朎明りょうめい無明むみょうを下から上にかけてまじまじと見つめてくる。

 それはどこまでも無表情に近かったが、どこか不安げな表情に見えなくもない。


 首を傾げて無明むみょうは大きな翡翠の瞳で朎明りょうめいをじっと見上げると、はっと我に返ったかのように首をぶんぶんと振っていた。


「あ、······えっと、姉上に報告してきます。皆さんは、もう少しここでお待ちください」


 きちんと礼をし、朎明りょうめいは門の半分を開いて中へ入って行った。無明むみょうたちが揃ってからでいいと竜虎りゅうこが言ったため、今まで一緒に外で待っていてくれていたのだ。


「で、······どうだった?」


 竜虎りゅうこ無明むみょうに耳打ちする。無明むみょうは頷く代わりに笑みを浮かべて応えた。そうか、と安堵して、それ以上はなにも訊かなかった。


 白虎との契約は滞りなく行われたようだ。後は、目の前の問題を解決するのみ。


竜虎りゅうこ、都で情報はなにか得られた?」


「ああ······疫病の発生時期とか、始まりがどこだったかとか、あと、もうひとつの問題も、」


「それって、失踪事件のこと?」


 なんでそのことを? という目で竜虎りゅうこ無明むみょうの顔を見てくる。十代の少女が十人も失踪している。しかも自分たちが碧水へきすいに着いた頃から、だ。


「聞いたこと、全部、教えてくれる?ここに彼女が戻って来る前に、」


「は? ······なんでだ?」


 竜虎りゅうこはますます不思議そうに、その言葉の真意を探ろうとしたが、止める。

 義弟の考えていることはたぶん自分の上を行っているのだ。先程、朎明りょうめいの前で見せた態度がそれを物語る。


 無明むみょうはここの一族を今のところ信用していないのだ。たぶん、この先も同じように、かつての痴れ者を演じるつもりだ。


 わかった、と竜虎りゅうこは宿の女将に聞いたことを一から話す。ちょうどすべて話し終わった頃に、再び門が開いた。


 そこには朎明りょうめいと、彼女よりも背の低い少女が立っていて、こちらを見渡した後に、くすりと笑みを浮かべた。


「宗主代理として、姮娥こうがの一族の宗主の長女、蘭明らんめいがご挨拶申し上げます」


 少し高い位置で女性らしく左手の拳を右手で包み、両手を左の腰に当てて膝を少しだけ曲げて小さくお辞儀をして見せた。


 万福というお辞儀で出迎えた少女は、紺藍の胸元が開いている上衣に、裾に白い糸で紋様が描かれた下裳を纏い、藍色の領巾ひれを肩に掛けていた。


 真っすぐに揃えられた前髪が幼い印象を与えるが、少女は朎明りょうめいよりもふたつ年上の十八歳である。

 頭の上にお団子を左右作り、青い小さな花が三つほど付いた飾りを付けている。残った癖のある髪の毛は背中に垂らしていて、石階段から一歩降りる度にゆらゆらと揺れた。


「誠に申し訳ないのですが、今、この邸に男性を迎え入れることはできません。宗主が病に倒れ、代理である私の一存では難しいのです」


「姉上、彼らは、」


 ちらりと一瞥した蘭明らんめいに、朎明りょうめいは口ごもる。

 笑みが常に表情を彩っているが、それがどういう意味での笑みなのか朎明りょうめいにだけは解っていた。


「ええ、なので、あなたと、あなたは、私の権限で招き入れましょう」


 言って、無明むみょう清婉せいえんを順番に指差し、蘭明らんめいは優しい笑みを浮かべた。



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