4-13 教えて欲しい?

 

 白冰はくひょうは人差し指と中指を親指を起点にしてぴんと弾いた。それは目の前で文机に頬杖を付き、上の空になっている無明むみょうの額に見事に当たり、途端、ひゃっという声が自室に響く。


「せっかく一日時間を空けて、君と最後の研究に没頭しようと思ったのに、君ときたら······これで何回目かな?」


「うぅ······白冰はくひょう様、手加減しているとはいえ、痛すぎるよ」


 赤く腫れあがった額を両手で抑え、涙目で無明むみょうは訴える。


「ふふ。これでも十倍以上減で、優しく優しくしてあげているんだよ?」


 もちろん、本気でやったら頭が吹き飛ぶ可能性は高いだろう。

 竜虎りゅうこに聞いたのだが、彼の腕力はその細腕からは想像できないほど強いらしい。無明むみょうは頬杖を解き、そのまま机に上半身を預け、はあと大きく嘆息する。


「どうしたの? なにか悩みごとかい? 私でよければ相談にのるよ?」


 よしよしと猫でも撫でるように無明むみょうの頭を撫でて、白冰はくひょうは笑みを浮かべる。


 さっさと通霊符の完成を目指したいのに、当の本人がこの状態では難しいだろう。なので、とりあえずその原因を取り除くのが先と考えた。


白冰はくひょう様······俺、病気かもしれない」


「病気? どこか痛むのかい? 診てあげようか?」


 普段のあの無明むみょうからは考えられないほどの元気のない答えに、本気で心配した白冰はくひょうが訊ねる。

 仮にも神子みこである無明むみょうに、何かあってはならないと思っての事でもあった。


「いつから調子が悪いの? 玄武との契約の後?」


 無明むみょうは首を振って「違うよ」と答える。伏していた身体を起こし、白冰はくひょうを見上げ、また大きく嘆息する。


「なんか胸の辺りが痛くて······あと、頭がぼーっとする」


「本当に? ちょっといいかな?」


 白冰はくひょうは頬に触れて熱を測るが、少し自分よりも熱いくらいで風邪などではなさそうだ。

 

 心臓のある辺りに触れてみても、特に変わった心音はしない。けれども無明むみょうが嘘を言っているようにも思えず、首を傾げる。


「ちなみにだけど、なにか思い当たることはある? そうなる前に起きたこととか、」


 訊ねた途端、無明むみょうの顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。


「蔵書閣で、白笶びゃくやに······本棚にどんってされた」


「どん?」


 無明むみょうは蔵書閣で起こった事を、簡単にだが的確に話した。それを聞いた白冰はくひょうは少し考えて、それから急に声を上げて笑い出した。


「あははっ······くくっ········ホント、君ってひとは······ははっ········面白すぎっ」


 無明むみょうは涙目で転げるように笑っている白冰はくひょうに、唖然としていた。

 白冰はくひょうがこのように感情を露わにして、大笑いをしているところなど見たことがなかったからだ。


「あのね、君のそれ、重大な病だよ!」


 かと思えば、がしっと無明むみょうの両肩を掴んで、急に楽しそうに顔を覗き込んでくる。それは新しい玩具を手にした時の幼子のように。


「え······俺、死んじゃうの?」


「うーん。そうだね、そこまでの病ではないけど、ある意味とても大変な病だよ」


 白冰はくひょうのどこまでも楽しそうなその表情は、到底、台詞とは合っておらず、無明むみょうもさすがに首を傾げる。

 冗談なのだろうか?

 それとも本気だろうか?


「それを治すための方法はひとつだけだよ? 教えて欲しい?」


「治せるのっ!?」


「もちろん。でもそのとっておきの方法を教える代わりに、私の頼みも聞いてくれるかな?」


「うん! 聞く!」


「じゃあまずは通霊符の完成に向けて、最後の詰めを終わらせようね」


 はーい! と無明むみょうは右手を元気に掲げて返事をする。

 白冰はくひょうは内心、笑いが止まらない。だって、それは、どう考えてもあれ・・だ。思春期の若者が、だれでも一度は味わう、一大行事。


(それにしても······白笶びゃくや、君って子は、)


 白冰はくひょう白笶びゃくやが不憫に思えてきた。

 悠久の時を繰り返して来た彼は、神子みこ華守はなもりであるが、過去に何があったかを少しだけ聞いていた。そのことを先に伝えていたら、今よりも少しは進展していたのかもしれないのに。


神子みことのことは、過去の事です。しかし、その想いは消せないし、ずっと忘れることはない」


 白笶びゃくやはそう言っていたが、心はそう簡単には変えられない。

 目の前にかつて愛したひとと瓜二つの者がいて、魂は同じで、しかも好意もある。いつでも触れることができるし、無明むみょうはこんな感じなので、今まではまったく気にしていなかったはずだ。


(自覚させてあげるのが、一番いいだろう。その後のことはふたり次第だし、私が手助けできるのはそれくらいだ)


 その数刻後、ふたりの研究はひとまずなんとか一段落し、次の段階へと進むことになる。


 通霊符を応用して活用するために、手の平に納まるくらいの大きさの合わせ鏡を媒体にして、片方を白冰はくひょうが、もう片方を無明むみょうが持つことにした。


 明日出立した後、その鏡を通じてさらなる実験をするためだった。そして白冰はくひょうは約束通り、その病を治すために必要なあることを、無明むみょうに提案する。


 無明むみょうはまったく疑うことなく、その提案を真剣に聞き入れるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る