4-14 紫陽花
夕餉の後、
(······なんかだか、悪いことをしているみたい)
邸の角を利用して物陰に隠れ、ある程度の距離を取って後ろを歩く。人気はなく、渡り廊下には雨の音だけが響いていた。
夕刻くらいから降り出した雨は、止むことなく降り続けている。打ちつける雨音は蓮の花や葉に当たると、水面に落ちる音とはまた違った低い音が鳴る。
渡り廊下には屋根が付いているので濡れることはないが、そこから少しでも出てしまえば、肩口が濡れてしまう。現に、
(やっぱり、また今度にしよう、)
少しくらい胸が痛くても、我慢すればいいのだ。死ぬほどではないと
考えた末、
へ? と間抜けな顔で振り返ってみれば、離れた場所にいたはずの
もしかしなくてもバレバレだったのだろうか。
広間を出てからなにも言わずに後ろを付いて来る
よく見れば髪の毛から水が滴り、衣裳も肩や裾の辺りが濡れていた。無言で前髪に滴る雫を指で拭ってやるが、
「こちらへ、」
腕を引いたまま、
そこは他の部屋と違い、湖水が途切れている場所のため、部屋の外に庭があり、よく手入れの行き届いた池もあった。庭には三つほど背の高い精巧な石造りの灯籠もあり、暗い庭を仄かに照らしてた。
その明かりは雨の雫に反射して、庭全体を幻想的な空間に仕立てており、部屋の中よりもずっと明るく見える。
元々は客間だったが、
そのひとつだけ点いている灯篭の灯りのある、黒い縁取りの花窓から、雨に濡れている咲きかけの紫陽花の花々が薄っすらと見える。青々とした大きな葉に、まだ咲き初めの青い紫陽花と、青紫の紫陽花の花の蕾がいくつも付いていた。
「紫陽花、」
「
それが意外と人気になり、いつの間にか商品化されたのだ。
桜の花や桔梗、山吹や金木犀も好きだが、紫陽花はなんだか特別な感じがした。
「俺、紫陽花が一番好き。この花窓から見える景色も好きかも」
「うん、知ってる······」
え? と
「風邪を引く。これを羽織って?」
花窓に手をついて眺めている
後ろに立っていてもなんの警戒もなく、ただ雨に濡れる外の景色を楽しそうに眺めていた。
あんなことをした後なのに、どうして、また、そうやって無防備に自分の前に立つのだろう。信用されているのだと思うと、あの時の自分を殴ってやりたい。
茶を用意しようと
「あのね、こうすると、心臓が痛いのが治るって
肩に掛けてもらった布がばさりと足元に落ちる。
「その痛みを消すには、同じようなことを
なので、
あの時のように本棚もないし、壁も近くにないのでそれしか思い浮かばなかった。
その細い指は
そしてようやく気付く。
(治るどころか、なんか、逆に、)
その早鐘が移ったのか、
(俺······もしかして、)
この感情がなんなのか、頭の中で整理しようと思ったその瞬間、
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