3-7 無明と麗寧
「これで準備は完了です」
着替えの手伝いを終え、
「ああ。あれ、そういえばあいつはどこに行った? 朝餉の後から姿を見ていない」
「
「······なんで夫人が?」
さあ? と
「じゃあ、行ってくる。
「解りました。任せてください」
早い朝餉を終え、
その頃、
「ふふ。一緒にお茶でもしながら、話し相手になってくれるかしら?」
「え? えっと、俺なんかでいいの?」
いいの、いいの、と夫人は笑みを浮かべたまま茶器を用意し始める。白い磁器の蓋付きの茶碗を
「桃花の花茶よ。見てて?」
「すごい! こんな綺麗なお茶、初めて見た! しかも甘い香りがするねっ」
「そうでしょう! 私の実家から送られてきたのだけど、みんな忙しいから一緒にお茶してくれる人もいなくて。ここにいる間、あなたが付き合ってくれると嬉しいわ」
「俺も、夕刻まではなにもすることがないから、
本当!? と夫人は本当に嬉しそうに手をぽんと叩いて、どこからか持ってきた書物を机に数冊積み上げる。桃の花の甘い香りのする珍しい花茶をすすりながら、
「
「琵琶って琴とはまた違った楽器だよね? 俺、絵図では見たことあるけど、実物は見たことないんだ」
興味津々な眼差しで楽譜集を眺めて、
「これ、ただの楽譜じゃないみたい」
「え? どういうこと?」
逆に首を傾げて夫人は一緒に楽譜を覗き込む。薄青の透けた衣の中に白い上衣を纏っているが、襟がなく首から鎖骨辺りまでは肌が出ている。下裳は藍色で、赤い帯がよく映えて見えた。纏められた艶やかな黒髪に、薄桃色の蓮華の花が付いた簪をさしており、とてもよく似合っている。
二十歳の息子がいるとは到底思えないほどの肌艶の良さに、ふたりきりで部屋になどいろうものならば、普通の男ならば心を奪われるだろう。
だが、
「なんだろう? 上手く言えないけど······この部分とか、あとこことか、なにか特別な術式が施されてるみたい」
楽譜の音階を指差して、
「霊力を込めなければ普通の楽譜だから、問題ないとは思うけど······あとでこの楽譜集、借りてもいい?」
「いいわよ。こんなものが役に立つなら、全部持っていって」
いいの? と明るい顔で見上げてくる
見た目も少年というよりは少女のようで、今日は
昨日と違い、長い黒髪を頭の天辺で赤い髪紐で括り、蝶結びをしている。それでも腰の辺りまであるので癖のある髪の毛の先がもう少しで床に付きそうだ。
「では、笛と琵琶は楽譜集を確認してから後日合わせましょう。今日はお話でもしましょうか」
「いいよ。じゃあ、じゃあ、
「武芸はまったくだけど、それ以外のものなら大概のことはできるわ」
「俺も! じゃあ一緒に地図を作ろうよ! 修練がない日は
あら素敵! と夫人は目を輝かせる。ふたりは新しい遊びを見つけ、昼餉の時間まで仲良く肩を並べてお絵描きを楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます