3-14 水妖の怪異


 部屋に戻った無明むみょう白笶びゃくやだったが、そのままこの茶屋に泊まることにした。元々どこかの宿に泊まり夜を待つ予定だったので、違う宿を探す手間が省けたのだ。


 椅子に座っている無明むみょうの髪を梳き、慣れた手つきで左右ひと房ずつ三つ編みを作ると、乾いた赤い髪紐でそれぞれを纏めてひとつに結った。


 残った髪の毛はそのまま背中に垂らす。結い終わったのを確認して、無明むみょうは後ろにいる白笶びゃくやをそのまま見上げる。


白笶びゃくやは本当に器用だよね、」


 黒い衣に着替えた無明むみょうだったが、今の髪形ならば先ほどの衣の方が合っている気がしてならなかった。白笶びゃくやは見上げてくる翡翠の瞳をただじっと見つめ返すだけで、特になにも答えない。


「俺はいつも適当に括ってるだけだから、こういうのは新鮮なんだ」


 紅鏡こうきょうを出る時は、藍歌らんかが結ってくれて、途中は白笶びゃくやが直してくれた。碧水へきすいに着いてからは手間がかかるので、結局いつも通りの髪形にしていた。


「じゃあ、ここからは本題に入ろうかな。白笶びゃくやも座って?」


 正面の椅子に座ったのを確認して、無明むみょうは真っすぐに白笶びゃくやを見つめた。ここに来た目的は、ただ市井しせいを満喫するためだけではない。


 身をもって試したのですでに検証済みだ。身の危険には至らなかったが、それは白笶びゃくやがいたから回避できただけ。しかし聞いていた場所から移動していたのが気になった。


水妖すいようは移動する。先ほどの場所に留まる可能性は低いだろう」


 白笶びゃくや市井しせいの簡易的な地図を広げ、指差す。


「最初の怪異はここ。上流に近い場所だった。その次はこの場所、」


「さっきの接触事故はこの辺りだったよね?」


 こく、と小さく頷く。そうなると次に現れる場所はもっと下流の方だろう。夜になれば船は出ず、外を歩く者もいない。捜すのはひと苦労かもしれないが、範囲は絞れるはずだ。


「この辺りの水位はそんなに深くはないが、引きずり込まれたらこちらが不利」


 人は水の中では思うように動けず、それは自分たちも同じだ。気を付けなければこちらがやられてしまう。現に、すでに何人かの術士が瀕死状態になっており、白笶びゃくやに依頼が回って来たのだ。


「君が心配だ」


「でも囮は必要だよ。さっき俺を逃したわけだから、もしその水妖すいように執着心があるのなら、最適の餌でしょ?」


 水妖すいようを誘き出してわざと捕まり、あとは白笶びゃくやが倒すという単純な作戦だ。単純だが、とても危険な賭けでもある。


 水に引きずり込まれてからの時間に制限があるからだ。下手をすれば無明むみょうも、瀕死状態の術士たちと同じ轍を踏むことになる。


「俺は君を信頼してる。絶対に大丈夫」


 無明むみょうは恐れを知らない子供のように、大丈夫と言い切る。


 嫌な予感が頭の中を過ったが、白笶びゃくやは静かに頷くしかなかった。


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