2-23 褒めてね

 

 無明むみょうは笛を手に取りきゅっと握りしめ、その先に揺れる赤い紐飾りを見つめた。


「うん、俺も同じことを考えてた」


 あの時、途中で蟲笛が響かなかったら、たぶんあの鬼蜘蛛は制御できていた。自分の力を過信していたせいで、他の音に気を取られて失敗したが、しっかり集中できていたらこんなことにはならなかっただろう。


 白笶びゃくやが自分を庇って怪我をすることもなかった。


「少しの時間でも鎮めることはできたから、もしかしたらお願いを聞いてくれるかもしれないもんね」


「君に負担をかける」


「大丈夫。任せてよ」


 笛を掲げて、にっと口元を緩める。白笶びゃくやは目に留まった赤い紐飾りに思わず無明むみょうの手首を掴んだ。さすがに驚いて、無明むみょうは掴まれた手首に視線を移す。


「どうしたの? この笛がなにか気になる?」


 今まで何度かこの笛を吹いているのに、急にどうしたのだろうかと無明むみょうは首を傾げる。力強く握られている手首に、不安を覚えた。


「誰から、この笛を?」


「えっと、よく、覚えてないんだ。小さい時に誰かに貰ったんだと、思う」


 いつの間にか傍にあって、それからずっと肌身離さず持っている。初めの頃は藍歌らんかに毎日笛を教えてもらっていた気がする。曖昧な記憶はいつの間にかすっかり忘却し、最終的にはどこで貰ったのかなどどうでもよくなっていた。


「あの渓谷の鬼には初めて会った?」


「たぶん? でも彼は俺を知ってるみたいで。でも五百年ぶりとかよくわからない冗談も言ってたような?そういえば、あの鬼も笛を持ってた。黒竹の立派な横笛だったよ。紐飾りも繊細で、綺麗な琥珀の玉が付いてた」


 白笶びゃくやはそれから無言になり、しかし手は放してくれず、無明むみょうはますます首を傾げざるを得ない。たぶん、あの言葉の通り、自分には話せないことがたくさんあるのだろう。聞いたところで教えてはくれないのだと悟る。


「とりあえず、ここから出るんだよね?手を、放してくれると嬉しい、な?」


「すまない、痛くなかったか?」


 思い出したかのように、ぱっと手を放し、白笶びゃくやは申し訳なさそうな表情で問いかける。


 大丈夫、と無明むみょうはへらへらと笑って誤魔化した。本当は痺れるくらい強く握られていて、くっきりと指の痕が残っていたが、左手で覆って袖で上手く隠した。


「じゃあ、やってみるね。上手くいったら褒めてね、公子様」


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