2-24 邂逅
冗談を言って、
まるで桜の並木道の中にいるようだ。しばらく吹いていると、繭の上の方から外の空気か流れ込んできた。見上げてみれば、あの鬼蜘蛛の鋭い脚の爪の先が繭に突き刺さり、びりびりと破いているのが見えた。
外に灯りがあるわけでもなく、その割れ目から見えたのはごつごつした鍾乳洞でできた天井と、仄かに光る蘚、張り巡らされた白い糸、そして、あの鬼蜘蛛の姿だった。
その後ろで片膝を立て、いつでも動ける体勢で
「なにそれ、どういうこと?」
呆れたような少年の声は、信じられないという戸惑いも含んでおり、それは目の前で起こっている事と、外で起こっている事に対して同時に発せられていた。
他の連中を始末するために送った
「なんでその笛でお前が言うこと聞くんだよ」
文句を吐き捨て、繭が割れた先に現れたふたつの影を睨みつける。
ふたりは糸の結界の先に黒衣を纏った背の低い者の存在を見つけ、それが一連の元凶だろうと悟る。
声を聞く限り、少年のようだ。首には奇妙な形の笛を下げており、それが鬼蜘蛛を凶暴化させた蟲笛だろうと推測する。
「君は、一体、なに?」
その気配は異様で、今まで遭ったことのないものだった。人ではなく、妖者でもなく、生きてもいないし死んでもいない。思わず口に出た言葉に、
「お前なんかに教えてやる義理は、」
途中まで口にして、黒い衣を頭から被っている少年は、言葉の勢いを失速させた。三人の間で違和感のある空気が生まれる。その違和感の意味は、少年が顔を上げて固まっていたからだ。
我に返るように、その空気を破ったのも目の前の黒衣の少年だった。
「あははっ! そうか、あんただったのかっ!」
しかも混乱しているのか、片手で顔を覆って叫びだす。それはどこか怒りを帯びており、
「鬼蜘蛛があんたに従ったのは、あんたが、」
「関係ない」
「は? なんだよ、遮るなよ。
少年は覆っていた手を離し、そのまま腕を広げ蟲笛に手を伸ばすと、そのまま口元に近づけた。
「お前の持ってる玄武の宝玉は、俺がいただく!」
「玄武の宝玉が狙いか」
「ずっと感じていた視線は、お前か」
「だったらなに? ずっと遠くで観察してたから、お前の弱点がなにかもよーく知ってるよっ」
嫌な笑い方に、
「その女を狙えば、お前が動くとすぐに解ったからな。利用させてもらったのさ。予定外だったのは、自ら飛び出てきて俺の笛を遮り、まさか鬼蜘蛛をひれ伏せさせるなんて!」
「もしかしなくても俺のことを言ってるの? 俺は男だよ」
心外だとでも言うように、自分より背の低い黒装束の少年に向かって口を尖らせた。それとは対照的に、少年は一瞬耳を疑って固まり黙った。
「······は? ふざけるな! その恰好、どう見ても女だろう!」
「恰好で判断するなんて、失礼な子供だなぁ」
むかっとあからさまに苛立って、子供のように癇癪を起こした少年は、その
「まぎらわしい恰好をするな! 誰が子供だ! 俺はガキじゃない!」
「面倒な子だなぁ。じゃあ名前を教えてよ。そしたら、名前で呼んであげるから、」
「誰があんたなんかに教えるかっ!」
自分を挟んで子供の喧嘩のように騒ぎ出したふたりに、
その隙にさらに一歩間合いを詰め、
「大人しく捕まれば命までは取らない」
凍てつくような灰色がかった青い双眸に、少年はちっと舌打ちをする。今更無駄に足掻いたところで、失態がどうにかなるとも思っていなかった。
「命などとうにない。だが、やることは山ほどある。今回は俺の負けだよ」
ふんと鼻で笑い、少年は蟲笛から手を離し肩を竦めて、降参だとでも言うように両手を挙げる。ふたりはその様子に違和感を覚えた。案の定、にやりと口元を緩め、さらに黒い衣を大げさに翻す。
「だが、残念。捕まる気もない」
「待て」
衣を掴もうと手を伸ばすが、それをすり抜けるようにくるりと回って後ろにさらに飛ぶと、闇の中に溶けるように姿を消して、ふたりの前から呆気なく去っていった。
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