5-10 楊梅の実
「お付きの方は席を立たれたようですね。どちらへ行かれたのですか?」
「あれ? 変だなぁ。さっきお腹が痛いって言って、出て行ったみたいだけど、途中で会わなかった?」
「そうでしたか。では丁度良いですね。食後の菓子を持って来たんです。
言って、開いていた扉を閉めた。手にした盆の上には、干して砂糖をまぶした赤黒い
膳の空いている場所にそれを乗せて、どうぞ、と小さく笑う。
「干した梅? 俺、初めて見たかも」
「そうなんです?
ふーんとひとつ摘まんで目の前まで運び、その赤黒い実に興味を示す。
そしてそのまま口に入れると、酸っぱさは少なく、むしろ甘かったので意外だった。少し湿った果肉の粒々感も新鮮だった。
「おいしい!」
「ふふ。一度にたくさんはあまりお勧めしませんが、その皿に乗っている分なら問題ありませんわ」
「そうなんだ。ありがとう、お姉さん」
彼女にとって従者がどこへ行こうが、どうでも良かった。邸のどこかにいるならば、警護をしている護衛の術士が知らせてくれるだろう。
「四神奉納祭の舞、今でも目を閉じれば瞼の裏で絵が浮かびます。それくらい、素晴らしく美しい舞でした。あの笛の音も見事で、
「あれは、母上が舞っているのをいつも見てたから、たまたまできただけだよ」
「あら、ならあなたは本当に才があるのでしょうね。普通の人なら、見ただけで、ましてやたまたまなんて、できないですもの。噂の第四公子様は、まるで才人のようですわね」
「俺を褒めても何も出ないよ、お姉さん」
甘いお香の匂いは思考を鈍らせる。
「ふふ。では少しお話をしましょうか。あるひとりの、哀れな女のお話を」
ゆっくりとした口調は、耳の奥で囁かれているかのように優しく、心地好い。ぼんやりとしてくる思考の中で、少女はくすくすと音を立てて笑った。
それは今まで彼女が見せてきた仮面のような笑みではなく、本当の
どこまでも残酷で美しいその笑みを最後に、
しかしその翡翠の瞳は濁ることなく美しかった。
「あなたを見つけたあの日、
そのためにそれ以外の素晴らしい部分を繋ぎ合わせて、それに相応しい身体を用意したのだ。後はその瞳だけ。
「まずはあなたを使って、他の邪魔なひとたちを殺してしまいましょう。私の宝具、
この部屋に充満していた香は、夢幻香。吸い続けることで夢と幻の狭間に意識を遠ざけてくれる。
あの
「さあ、
このお人形には特別な衣裳を用意してあった。あの、奉納祭の時の白い衣裳に似せて自らの手で作り上げた、最高の神子衣裳だった。
すっと立ち上がった
扉は
閉まったままの扉を無視して前へと進めば、身体がそこをすり抜けて行く。その後に続いて、
完全に姿が消えた後、再び扉が固く閉ざされる。
あの扉の向こう側で何が行われているのか、知る由もなかった。
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